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領域代表者挨拶

新学術領域「免疫四次元空間ダイナミクス」発足にあたって

領域代表者 高濱洋介

 生命科学の目的のひとつはヒトの生命と病気の理解です。

 この目的をふまえたとき、「免疫システムの解明と制御」は、感染症や悪性腫瘍からの生体防御の観点からも、様々な慢性炎症性疾患を含む難治疾患克服の観点からも、生命科学の重要課題のひとつと位置づけられます。免疫システムの研究は、1890年の北里柴三郎らによる抗体の発見以来、リンパ球をはじめとする血液系の免疫細胞とその産物を主たる対象として進められ、それらに関する理解は抗体遺伝子の多様性形成機構をはじめ高度に成熟してきました。一方で、免疫細胞の分化と免疫応答は、骨髄・胸腺・二次リンパ組織(リンパ節・脾臓など)といったリンパ器官を主たる「場」として逐次的に引き起こされる時空間事象です。血液系細胞は、これら「免疫の場」を巡って産生・選別・活性化・維持されるため、リンパ器官が全身性のネットワークを形成し互いに連携することは、免疫システムの統御に不可欠です。それゆえ、免疫システムの全容解明と縦横な制御には、血液系の免疫細胞を対象とした理解のみならず、リンパ器官を主たる対象とする「免疫の場」とそれらの四次元(三次元空間と時間)ネットワークからなる「免疫空間」の本態解明もまた重要です。

 しかし、血液系細胞に関する分子細胞理解が高度に成熟してきたのに対して、「免疫の場」を含む「免疫空間」の本態解明に向けた研究は、リンパ器官を構築するストローマ(間質)細胞(上皮細胞、内皮細胞、線維芽細胞、細網細胞など)の同定・分類・精製の技術的困難さなどから、進展が遅れてきました。とはいえ、最近の研究から、リンパ器官を構築するストローマ細胞には、血液系細胞とならんで、免疫システムにとって根幹的な重要機能が担われていることが新たに明らかにされつつあります。例えば、胸腺の深部を構築する髄質上皮細胞は、全身各臓器に固有の遺伝子を微量ずつ発現する「無差別遺伝子発現」という特徴をもち、自己寛容の確立と自己免疫疾患の発症制御に必須です(1)。一方、胸腺皮質上皮細胞は固有の「胸腺プロテアソーム」を発現することで特殊な自己抗原を提示し、生体防御に有用なT細胞レパトアの形成を担っています(2)。これらの発見から、自己を守り非自己を攻撃する免疫システムの本質というべき性状の確立には、胸腺を構築する上皮細胞とその亜集団に固有の分子機能が必要であることが示されてきました(3)。また、骨髄には、造血幹細胞の維持とB細胞の産生を担う「ニッチ」が形成されていることや、リンパ節の細網線維芽細胞はT細胞と樹状細胞の「相互作用の場」を提供して免疫応答を司ることも明らかにされてきました。即ち、「免疫の場」を構築するストローマ細胞に視点を移した研究は、免疫システムの本質解明に迫る重要知見の宝庫と考えられます。

 また、骨髄での造血抑制が髄外組織に造血微小環境の形成を促すことや、自己免疫疾患で異所性に三次リンパ組織が形成されるといった、「免疫の場と場の連携」は古くから知られてきた現象ですが、その機構は殆ど明らかにされていません。更に、成人では胸腺が退縮し、加齢やがんなどによってリンパ組織が変容すること、そして、免疫疾患が性差やストレスと関連することもよく知られており、免疫システムが「免疫の場」を介して他の高次生体制御システム(内分泌系や神経系)とシステム間連携することの証左になっていますが、それらの機構も未だ解明されていません。即ち、「免疫の場と場の連携」や「免疫の場を介した免疫系と内分泌系や神経系との連携」は、免疫システムの恒常性維持や病的変容と密接に関連しており、その研究は全身に亘る恒常性を調節するダイナミックで可塑的な高次生命システムの本質解明に有用であり、免疫システムと神経システム・内分泌システムとのシステム間連携機構の解明基盤となると考えられます。一方、リンパ器官の再構築とそれによる免疫システムの理解と制御を目指すシンセティックな器官機能の研究も始められており、がんの新しい免疫制御法などの応用に向けて注目を集めています。即ち、「免疫の場の攪乱の機構解明と再構築」に向けた研究は、多くの難治性疾患の克服に貢献し得る社会的重要性を持つと考えられます。

 このように、「免疫の場」に関する研究は、免疫システムの本質に新たに切り込む学術的重要性と、それに基づく応用可能性をもつ生命科学の新領域であると位置づけられます。同時に、「免疫の場」に関する研究では、我が国の貢献が極めて大きいことは特筆に値します。胸腺プロテアソームの発見を含めT細胞の選択を支持する胸腺微小環境に関する研究、造血幹細胞の維持とB細胞の産生を司る骨髄ニッチに関する研究、免疫応答と記憶形成を担うリンパ節ストローマ細胞の性状解明と人工的再構築法に関する研究において、いずれも日本から発信される成果は世界を牽引しています。また、細胞運動の制御分子の同定とイメージング技術の応用に基づく免疫動態と器官連携の研究、老化T細胞の性状解明に基づくリンパ器官の老化と攪乱の研究は、いずれも「免疫の場」に視点を据えた新機軸の免疫システム研究として国際的に注目を集めています。更に、リンパ器官の形成を司る発生生物学的研究、リンパ器官と血液系細胞のインターフェースを担う分子群の構造生物学的研究は、世界をリードする本邦発の「免疫の場」研究といえます。加えて、リンパ器官を含むヒト免疫システムをマウス体内で再構築しヒトの免疫システムと疾患を解析する発生工学的技術の開発において我が国の独創的研究は大きく貢献しています。

 本研究領域では、「免疫の場」と免疫空間の本態解明に向けて先駆的な解析を進めている本邦の研究者が結集し、「免疫の場」を構築するストローマ細胞に光をあて、免疫細胞とその場による「免疫空間」の四次元(三次元空間と時間)的な形成・連携・攪乱の機構解明と再構築をめざします。「免疫の場」を構築する非血液系細胞に主眼を置いた研究を推進することにより、これまで血液系細胞を主な対象に研究されてきた免疫システムの動的で四次元的な本質の理解に新たな光が与えられると期待されます。胸腺プロテアソームや胸腺髄質無差別遺伝子発現などの知見から、「免疫の場」の研究は従来の免疫学概念に大きな変革を要求する可能性すら推測されます。また、免疫の場に関する研究の意義は免疫分野にとどまらず、本領域研究の推進により、免疫系と内分泌系や神経系など高次生体システム間インターフェースの理解や、発生や形態形成など多くの生命現象でみられる「場」に関する普遍的理解への貢献が期待されます。応用的な側面では、「場のリモデリング」の理解を通して、慢性炎症性疾患を制御する技術の開発につながり、老化やがんなどによる「場の攪乱」の理解を通して、それらから「守る」方法の糸口をつかむことが期待されます。そして、免疫の場の人工的再構築技術の進展は間違いなくヒト免疫制御法の基盤開発に寄与し、免疫記憶ニッチの付与による画期的がん治療法の開発など、従来の血液系細胞研究では実現しなかった難治性疾患制御法の開発に展望が開かれると期待されます。

 この度、新学術領域「免疫四次元空間ダイナミクス」研究班の発足に際して、ご支援ご協力いただいた諸氏に心より感謝申し上げます。これから5年間、計画研究者としての自らの研究はもとより、有効な研究交流の「場」を提供するなど研究班の運営に邁進する所存です。何卒ご指導ご鞭撻よろしくお願い申し上げます。

領域代表 M洋介

徳島大学