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公募研究概要

脱落膜リンパ球とトロフォブラストが構築する妊娠免疫系の再構築

東海大学・医学部・基礎医学系・分子生命科学領域 亀谷 美恵

着床に際して機能する子宮脱落膜とトロフォブラストは、密接に相互作用しながら妊娠を成立させる。子宮脱落膜はCD8T細胞及びNK細胞優位の特異な免疫系を持ち、トロフォブラストの発現するHLA-Gのような非古典的MHCを主軸とした免疫抑制の制御をしていると考えられている。しかし、マウスのHLA-Gパラログの発現細胞や抑制機構を含む免疫系はヒトと大きく異なるため、これら脱落膜・トロフォブラスト相互作用を中心とするヒト妊娠免疫の解明には、ヒトあるいは機能的に近いHLA-Gオーソログを発現する非ヒト霊長類胎盤を用いなければならないと考えられる。

私たちは、小型で多産な非ヒト霊長類であるコモンマーモセットが本研究に適していると考えている。そこで本研究を可能とする準備として、このサルの免疫解析ツールの開発や造血幹細胞・免疫細胞の性状の解析を行い、ヒト免疫系との類似点を明らかにしてきた(1-4)。その結果、本研究を遂行する基盤が整ってきたと考えている。この研究班では、まずHLA-Gオーソログを同定すると共にin vitro、 in vivoでの各種リンパ球とトロフォブラストの相互作用とその結果生じる免疫の攪乱について明らかにする。具体的には、(1)マーモセット胎盤トロフォブラストの発現するHLA-Gオーソログを同定し、(2)GFPマーモセットを用いて胎盤組織と脱落膜組織、母体及び胎仔あるいは新生仔のリンパ球を同定し、それらに発現する遺伝子のプロファイルを明らかにする。また、(3)ヒト及びマーモセットリンパ球とトロフォブラストの相互作用により発現プロファイルがどのように変化するかをin vitroで明らかにする。(4)相互作用により変動する遺伝子群と乳癌、卵巣癌関連遺伝子群を比較し、共通の遺伝子のプロファイルを作製する。(4)in vivoにおけるトロフォブラストとの相互作用をヒト化マウス、マーモセット化マウスを用いて明らかにする。

背景
妊娠免疫が成立する場にある子宮内膜と胎児トロフォブラストの関係は、相互作用により浸潤・血管新生・免疫抑制の誘導を行う事から癌とそのニッシェに類似している。その為、妊娠の成立とその不全が生じる機構を明らかにする事は腫瘍免疫の観点からも重要である事が示唆される。しかしげっ歯類胎盤や免疫関連分子はヒトと大きく異なっており、ヒト妊娠免疫や腫瘍免疫を包括的に理解するにはげっ歯類は十分なモデルとは言えない。一方、コモンマーモセット(CM)は霊長類の中で突出して産仔数が多い事から、妊娠免疫解析に適した非ヒト霊長類であると考えられる。本研究においては、ヒトおよびCM胎盤を用いた妊娠免疫解析モデルを確立し、癌発生機構に繋がる分子の動態を明らかにする事を試みた。

結果
(1) 妊娠免疫解析モデル胎盤におけるリンパ球の局在
本研究では、GFP-CMを含むCMを用いるとともに、重度免疫不全マウスであるNOGマウスにヒト末梢血単核球を移植した妊娠ヒト化マウスを確立し、実験系として用いた。 野生型CMの胎盤組織はラビリンス型ではなく絨毛型であり、ヒトに近い構造を呈していた。野生型CMにGFP-CM胚を移植して得られた胎盤より、脱落膜組織への胎仔組織浸潤を確認した。また、脱落膜、絨毛膜組織および胎盤血中の母体および胎仔由来リンパ球およびトロフォブラストの存在比率を明らかにした結果、全ての組織において、大部分が母体由来のリンパ球であり、CD8T細胞の割合が末梢に比較して高い傾向が示された。コモンマーモセット胎盤には、ヒトと同様のCD16CD56 double positiveのNK細胞も同定された。また、妊娠後期脱落膜では、ヒト同様、多くのアポトーシス細胞が検出された。HLA-GオーソログであるCaja-Gは、胎盤のみならず他の組織にも恒常的に発現しており、機能解析の重要性が指摘された。総合的に、CMはヒト妊娠免疫モデル動物として使用可能であると考えられた。
一方、妊娠ヒト化マウス胎盤のヒト細胞では、通常のNOGマウスと異なりCD8T細胞の増殖が抑制され、GVHDが抑制される傾向にあった。CD8T細胞の胎盤への局在はより顕著であり、末梢血中のCD4/CD8比率と胎盤血中のCD4/CD8比率が逆転していた。
(2)トロフォブラスト・リンパ球相互作用
これらのリンパ球がトロフォブラストに発現する癌遺伝子にどのような影響を与えるのかについて解析を行った。我々は上皮間葉転換に関連する脳由来神経栄養因子受容体であるTrkBがヒト胎盤組織のトロフォブラストで高発現すること、抗体がマーモセットTrkBと交差する事から、免疫組織化学的にTrkBがマーモセット胎盤でも発現する事を確認し、これをマーカーとして胎盤から胎仔トロフォブラストの精製を行った。マーモセットリンパ球とトロフォブラストの培養系を確立し、共培養による遺伝子発現の変化を解析する系を立ち上げた。

結論・展望
CMおよび妊娠ヒト化マウスは妊娠免疫を解析するヒトモデルとして多くのの点で有用であると考えられた。また、TrkB遺伝子の発現がマーモセットトロフォブラストマーカーとして有用である事が示唆された。今後はこの系を用いてトロフォブラストとリンパ球の相互作用がどのような分子の発現変化を生じているのかについてさらに詳細な解析を行っていく。

  1. 宮本あすか、亀谷美恵
    ヒト化NOGマウスにおける 抗体産生 B 細胞サブセット
    臨床免疫・アレルギー科 2015 (3) 63:278-283 (3月)
  2. Watanabe M, Kudo Y, Kawano M, Nakayama M, Nakamura K, Kameda M, Ebara M, Sato T, Nakamura M, Omine K, Kametani Y, Suzuki R, Ogasawara K.
    NKG2D functions as an activating receptor on natural killer cells in common marmoset (callithrix jacchus).
    Int Immunol. 2014 26(11):597-606
  3. Goto Y, Kametani Y*, Kikugawa A, Tsuda B, Miyazawa M, Kajiwara H, Terao Y, Takekoshi S, Nakamura N, Takeda S, Mikami M
    Defect of tropomyosin-related kinase B isotype expression in ovarian clear cell adenocarcinoma.
    BioScience Trends 2014 8:93-100
  4. Kono A, Brameier M, Roos C, Suzuki S, Shigenari A, Kametani Y, Kitaura K, Suzuki R, Inoko H, Walter L, Shiina T
    Genomic sequence analysis of the major histocompatibility complex (MHC) class I G/F segment in common marmoset (Callithrix jacchus).
    J. Immunol. 2014 (April) 192(7):3239-3246
  5. 亀谷美恵、宮本あすか,石本人史、和泉俊一郎
    エストロゲンと胎盤形成;新たな非ヒト霊長類コモンマーモセットを用いたヒト妊娠免疫モデルの提案
    比較内分泌学 2014 (1月) 40(151):11-13
  6. 亀谷美恵*、嶋田新、森修弥、佐々木えりか、安藤潔
    非ヒト霊長類コモンマーモセット免疫系の重度免疫不全マウスへの移植による再構築
    2013 J.Germfree life and Gnotobiol 43(2):113-118
研究室HP