Okazaki Lab | Research

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免疫寛容成立・維持機構の解明と新規治療法の開発


2018年のノーベル医学・生理学賞は、免疫抑制の阻害によるがん治療法発見のご功績に対して、本庶佑博士とJames P. Allison博士に授与されました。本発見により、未治療の状態でもがん細胞に対する免疫応答は既に誘導されているものの、PD-1およびCTLA-4という抑制性免疫補助受容体(いわゆる、免疫チェックポイント分子)により、がん細胞への攻撃力が無力化されていることが明らかになりました。さらに、PD-1やCTLA-4に対する阻害抗体を用いて、それまで体内で無力化されていたがん細胞特異的T細胞を活性化し、がん細胞を攻撃させることで、がんを治療できることが証明されました。これらの発見は、がん治療およびがん研究に大きな変革をもたらし、より効果的ながん免疫療法の開発が世界中で進められています。
 私は、本庶佑博士の研究室において、PD-1リガンド(PD-L1とPD-L2)の同定、シグナル伝達機構の解析、PD-1欠損マウスに発症する自己免疫疾患の解析等に従事し、PD-1が自己に対する不適切な免疫反応を抑制し、自己免疫疾患の発症を制御していることを明らかにしてきました。また、がん免疫応答をPD-1が抑制すること、PD-1を阻害することによりがん免疫応答を増強し、がん細胞の排除を誘導し得ることを明らかとしてきました。その後、2008年に徳島大学に異動し、新たな免疫制御分子の同定、T細胞の活性化制御機構の解明、がんや自己免疫疾患に対する新しい治療法の開発などを中心に研究を行っています。

研究内容の概要を知っていただくには、以下の論文・総説をご覧下さい。

1. Sugiura D, Maruhashi T, Okazaki IM, Shimizu K, Maeda TK, Takemoto T, and Okazaki T.
Restriction of PD-1 function by cis-PD-L1/CD80 interactions is required for optimal T cell responses.
Science, First Release (Apr 18, 2019)

2. Maruhashi T, Okazaki IM, Sugiura D, Takahashi S, Maeda TK, Shimizu K, and Okazaki T.
LAG-3 inhibits the activation of CD4+ T cells that recognize stable pMHCII through its conformation-dependent recognition of pMHCII.
Nature Immunology, 19(12): 1415-1426, 2018

3. Okazaki T, Chikuma S, Iwai Y, Fagarasan S, and Honjo T.
A rheostat for immune responses: the unique properties of PD-1 and their advantages for clinical application.
Nature Immunology, 14(12): 1212-1218, 2013

4. Okazaki T and Honjo T.
PD-1 and PD-1 ligands: from discovery to clinical application.
International Immunology, 19(7): 813-824, 2007

抑制性免疫補助受容体PD-1によるT細胞制御機構の解明


免疫系は、獲得免疫と自然免疫に大別されますが、いずれも病原微生物等の異物を認識して排除・無力化することを第一の目的とします。獲得免疫は主に細胞性免疫を担うT細胞と液性免疫を担うB細胞によって構成されますが、T細胞とB細胞は特定の抗原を特異的に認識する抗原受容体を用いて、抗原特異的に応答します。T細胞とB細胞の活性化は、抗原受容体刺激に加えて、様々な興奮性および抑制性の免疫補助受容体によって厳密に制御されています。PD-1を標的としたがん免疫療法の出現により、PD-1が免疫応答の主要な制御分子であることが明らかになり、PD-1をはじめとした抑制性免疫補助受容体の機能が大きな注目を集めています。しかし、PD-1の機能については多くの謎が残されています。そこで当研究室では、PD-1が実際にどのようなシグナルを、どのようなタイミングで、どの程度抑制することにより、どの免疫細胞をどのように変化させ、自己組織やがん細胞に対する免疫応答を制御しているのかを解明することを目的に研究を行っています。


抑制性免疫補助受容体LAG-3によるT細胞制御機構の解明


BALB/c-PD-1欠損マウスは、心筋型トロポニンIに対する自己抗体の異常産生による自己免疫性の拡張型心筋症と抗胃壁細胞抗体の産生を伴う自己免疫性の胃炎を自然発症します。そこで、自己抗体のクラススイッチと親和性成熟が両自己免疫疾患の発症に必要かどうかを検討する目的で、両者に必須の遺伝子であるAID(activation-induced cytidine deaminase)を欠損させたマウスをBALB/c-PD-1欠損マウスに交配しました。当初は自己免疫疾患を発症しなくなると予測しましたが、予想に反して、BALB/c-PD-1・AID二重欠損マウスは激しい心筋炎を発症して生後4〜10週間で死亡しました。その後の解析から、心筋炎の発症はAID欠損の影響ではなく、AID遺伝子座に連鎖した別の遺伝素因による影響であることが予測されましたので、その遺伝素因をヴェルディの悲劇からAida(AID-associated autoimmunity)と命名して、原因遺伝子の同定を試みました。その結果、LAG-3(lymphocyte activation gene 3)という遺伝子に、機能欠失変異を同定することに成功しました。
 LAG-3はCD4の類縁分子として1990年に同定されたI型膜タンパク質であり、PD-1と同様にT細胞の活性化を抑制する能力を持っていると考えられておりますが、矛盾する実験結果も報告されており、実際の機能はあまり良くわかっていません。そこで我々は、LAG-3によるT細胞活性化制御の分子メカニズムを解明するとともに、PD-1とLAG-3による協調作用の原理を解明する目的で研究を進めております。
 特に、LAG-3がどのような免疫応答を抑制するのかを明らかにするために、LAG-3のリガンドを探索していました。最近、LAG-3が安定な構造を持つペプチドとMHCクラスIIの複合体を認識し、そのようなペプチドによって誘導されるT細胞の活性化を選択的に抑制することを明らかにしました。現在、この特殊な認識機構のメカニズム、免疫学的な意義などを解明するため、研究を続けております。


自己免疫疾患の遺伝解析


上記の通り、PD-1欠損マウスはBALB/c系統では拡張型心筋症や胃炎を自然発症しますが、他の系統のマウスでは、異なる臓器に異なる種類の自己免疫疾患を自然発症します。例えば、C57BL/6系統ではヒトのSLEに類似した腎炎や関節炎を発症しますし、MRL系統では致死性の心筋炎を発症します。また、I型糖尿病のモデルマウスであるNOD系統では、PD-1を欠損することによりI型糖尿病の発症が大幅に促進されます。PD-1を欠損することにより、各々の系統が遺伝的に持っている自己免疫素因が増強された結果、各疾患が発症したと考えられることから、各系統のPD-1欠損マウスを用いて連鎖解析を行ない、自己免疫素因にかかわる遺伝子を探索しています。PD-1を標的としたがん免疫療法では、副作用として自己免疫疾患を発症してしまうことがありますが、その特徴として、標的となる臓器や病態が多様であることが挙げられます。すなわち、マウスで観察されたことがヒトにおいても観察されておりますので、マウスで得られる研究結果が、ヒトの治療において大いに参考になると考えられます。


新規免疫制御法の開発


PD-1を標的としたがん免疫療法が劇的な効果を示したことから、がん治療およびがん研究に大きな変革がもたらされました。しかし、現時点では、その奏効率は20〜30%にとどもあり、大半の患者さんでは効果が得られません。また、副作用として重篤な自己免疫疾患を発症することがあります。そこで、より効果的かつ副作用の少ないがん免疫療法の開発を目的とした研究を進めております。さらに、免疫応答を人為的に制御することにより自己免疫疾患やアレルギー疾患をはじめ、様々な疾患を治療する方法の開発を目指しております。

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免疫とがんにおけるシンギュラリティ現象の解明


ビッグバンのように「無から有が創出される特異点」や、人工知能がヒトの知能を凌駕する「技術的特異点」をシンギュラリティ(臨界)と呼びます。有機スープからの生命誕生、進化、感染爆発など生物科学においても、不連続な臨界現象は広く存在します。ここでは極めて稀にしか起こらない少数要素のイベントが核となり、多要素システム全体の働きに不連続な変化をもたらす可能性が示唆されているものの、シンギュラリティ現象が生起される作用機序はほとんど明らかにされていません。そこで、生命医学における様々なシンギュラリティ現象に興味を持つ研究者と協力して、新学術領域研究「シンギュラリティ生物学」を立ち上げました(領域代表:大阪大学・永井健治)。本領域では、生命現象において臨界をもたらす「シンギュラリティ細胞」にアプローチするため、稀なイベントを見逃さない、超広視野と高解像度、高速と長時間撮影を両立したイメージングプラットフォームと対応する情報解析手法を構築し、シンギュラリティ細胞が生成される作用機序、ならびにそれが果たす生物学的な役割を解明する新しい学術の開拓を目指しております。
 我々は、腫瘍の排除や自己組織の破壊、発がん、がん転移などをシンギュラリティ現象と捉え、それらの現象を担うごく少数のT細胞、がん細胞、ストローマ細胞をシンギュラリティ細胞と定義し、それらを同定して解析することを目的に、新潟大学の片貝智哉博士、大阪大学の木戸屋浩康博士らと協力して研究を進めております。

新学術領域研究 シンギュラリティ生物学