WYSWYG?(HP版)
私は時に、自分でもaddictiveかと思うほど、胸腺でのTリンパ球分化というシステムが大好きです。どうしてそんなに好きなのかは、ここでは脇におくとして、これ程のめりこめる研究対象に出会えたことを、心から喜んでいます。そして、「胸腺でおこっていることは小さなことからコツコツと、大きなことまで理解したい」という単純な、しかしある意味では壮大な目的を掲げて、自分にできる貢献はいったい何だろうかと日々模索しております。
最近も、幼若Tリンパ球への体細胞遺伝子導入法を開発することによってクローン選択における細胞生死を特徴づけるMAPキナーゼ経路を明らかにすることができるなど、小規模であっても胸腺分化に関する未知の扉を開く機会が与えられてまいりました。これもひとえに、日頃のご指導とご援助のおかげと関係各位に感謝している次第です。
ところで、この胸腺分化というシステムを対象にして最近、「何とか細胞分化を目で見ることができないか」と、またもや新たな技術開発にいそしんでおりますので、ここではそれについて少しご紹介したいと思います。
Tリンパ球は、光学顕微鏡で見ていても丸くツヤツヤしているばかりで、少々見た目の面白みに欠ける細胞です。同じTリンパ球のスライドを連続2枚見せて「これはヘルパーT細胞、次はキラーT細胞」とジョークをとばしたのは故Richard Gershonだそうですが、私もこれまではTリンパ球を扱っていても、培養が良好かチラッと眺めたり、じっくり見る場合でもせいぜい生きた細胞の数をカウントする時くらいで、「かたちを見る」という行為がどうしてもおざなりになっておりました。
しかし、翻って考えてみますと、たとえ1つ1つの細胞のかたちはさほど面白みに富んでいなくても、器官内外での移動や臓器分布の決定など、「生きた細胞を目で見ないことには始まらない」現象は、Tリンパ球分化に対象を限局したとしてもたくさんあります。例えば、Tリンパ球前駆細胞はどのように胸腺へと移住し、胸腺分化の完了した新米成熟Tリンパ球はどのように末梢リンパ組織へと移動するのでしょうか。こういった生体内細胞移動に関わる疑問は、ヒトをはじめとする高等生物における高次生体制御の理解に不可欠です。しかも、解像度を上げるだけの還元主義生物学が扱いそびれた、未知の生命ルールを予見する可能性を秘め、なによりワクワクするような「いきものの不思議」に満ちています。
このように「移住・移動」を第1のキーワードにする生命現象は、「細胞の動きを実際に見る」ことによって初めて、直接的な解析が可能になります。たしかにこれまでも、標識した細胞をマウスに注射して一定時間後に臓器分布を調べるといった仕事から、幼若T細胞の約1%のみが胸腺から出ていくといった有名な推論が導かれています(Scollay, et al., EJI 10:210 '80)。しかし、これらの実験は多くの前提条件と間接情報の蓄積から細胞移動を推測するもので、細胞移動そのものを直接観察したものではありません。これらの解析の歴史的価値を大いに認めた上で、細胞移動の解析として靴の上から足裏を掻くようなもどかしさがあったことを指摘せざるを得ません。
一方、私たちが現在開発を進めている手法では、顕微鏡ステージで器官を支持培養し、培養中の器官と細胞の画像情報を直接、顕微鏡塔に設置したCCDカメラを介してコンピュータに取り込みます。取り込まれた映像を任意のスピードで高速再生しますと、例えば1週間のあいだに起こる器官や細胞の変化を30秒間で見ることも容易です。更にこの時、位置の移動を観察したい細胞や分子を蛍光ラベルしておくことによって、特定の細胞や分子のみの移動を直接トレースできます。実際、最近のミーティングでも一部お示ししておりますように、この手法を用いて幼若Tリンパ球のマウス胎仔胸腺器官内での分化に伴う移動を観察することができるようになって参りました。
この方法を用いることによって、現在私たちは、Tリンパ球分化に伴う胸腺内での皮質から髄質への細胞移動がどのように制御されているのか解析を進めております。もっとも、この皮質→髄質という位置移動そのものも、教科書にはまことしやかに書かれていることですが、実際には、幼若細胞が皮質に多く成熟細胞が髄質に多いことによる推論にすぎず、これまで誰も見たことがない現象であることに注意しておかねばなりません。成熟細胞が成熟に伴って髄質という既存の場所へと動くのではなく、リンパ球はじっとしたまま周辺組織を髄質へと変化させる可能性も大いにあるのです。Tリンパ球の成熟に伴う細胞移動を実証し、その分子制御を「実際に目の当たりにしつつ」解析することを目標に、今日も細胞の動きを記録しております。うまくいけば、ナマのTリンパ球のクローン選択をライブ画像として実況中継することができるかもしれませんし、更には、その細胞の膜内での細胞生死決定シグナルが分岐されるさまをこの目で見てやろうと夢を抱いております。
ちなみに、このような器官培養と顕微鏡連続画像のデジタル解析を組み合わせた技術は、何も胸腺を対象とするばかりでなく、様々な細胞系を対象にして、細胞移動や器官形成の研究にも利用できるのではないかと思います。
ただ、実際に動画データを扱うにあたっての問題点として、現在、プレゼンテーション環境があまり整備されていないことを指摘しておきたいと思います。いくつかのミーティングでは関係者のご尽力によって動画を映写して頂いたこともありますが、これまで国内外を問わず、MOディスクは持参したものの結局映写できずじまいということを度々経験しております。生きた細胞の生きた動きを「見る」研究は、関連技術の進歩と共に最近しばしば活用され、Tリンパ球抗原認識における免疫シナプス形成(Science 285:221 '99)や発生過程でのcytoneme形成(Cell 97:599 '99)の発見にも見事に寄与しています。今後こういった研究を正確に評価しつつ推進していくためにも、デジタル映像のプレゼンテーションがもっと容易な環境がミーティング会場に整備されていくことも重要だと思います。
「百聞は一見に如かず」・・・パソコン上の動画で細胞の動きを追跡しております今日このごろ、10年ぐらい前にWhat You See is What You Get (WYSWYG)という謳い文句が、心地よい次世代コンピュータユーザーインターフェースの到来を予見したことや、それが間もなく急速に受け容れられていったことを思い出します。「高次生命現象の分子機構を目の当たりに理解する時代」の到来を予見して、本稿を終えたいと思います。
(オリジナルは文部省特定領域研究「免疫病の分子機構」ニュースレターへの寄稿。ここでは若干改変しました。 高浜洋介)