ジャーナルクラブ」カテゴリーアーカイブ

高浜洋介

 

ヌードマウスのひみつ

ヌードマウス、生命科学にとりくむひとで知らないひとはいるまい。その名のとおり無毛であるとともに著しい胸腺低形成を呈する自然変異マウスである。胸腺低形成のせいでT細胞産生が著減しており、深刻な免疫不全症を示し感染症にはめっぽう弱い。誰がみてもパッとわかる無毛という形質のため1960年代前半に発見された。その後、胸腺がT細胞を産生する免疫器官であることの発見や、胸腺がT細胞のMHC拘束性を決定する「正の選択」の発見など、現代免疫学の発展に大いに寄与した。また、免疫不全症のせいで、がんを含むヒトの細胞や組織をうまく拒絶できず、そのために癌生物学はもとよりヒトの生命科学に大いに貢献してきた。実験動物のなかで最も有名といえるマウス系統の名称である。

このヌードマウスの原因遺伝子が同定されたのは1994年のこと、Thomas Boehm研究室の快挙であり、とりもなおさず転写因子Foxn1の発見である。いまやFoxn1は胸腺器官形成に必須の転写因子として、胸腺研究者にとっては最もなじみ深い転写因子である。しかし、Foxn1がどのように胸腺器官形成を支配しているのか、更にいえば、どのように胸腺上皮細胞の分化や機能を司っているのか、これまで殆どわかっていないのが現状である。たしかに、胸腺上皮細胞に発現される機能分子のいくつか、例えばDLL4やCCL25などは、ヌードマウスの胸腺上皮細胞での発現が検出限界以下で、Foxn1の支配下にある分子群であることは知られていた。また、最近ではクロマチン免疫沈降法によってFoxn1結合の認められる遺伝子群が記載される時代にはなっている。しかし、転写因子Foxn1によって直接的に転写制御をうける分子とりわけ胸腺機能分子は知られていなかった。

私たちは、胸腺皮質上皮細胞に発現されCD8陽性キラーT細胞の産生に重要な胸腺プロテアソーム構成鎖beta5tを対象に、その転写を制御する分子機構について解析を進めている。最近の一連の実験の結果、beta5tをコードする遺伝子座の近傍にはFoxn1結合サイトがあること、このサイトに配列変異を導入してFoxn1結合を減弱させると胸腺皮質上皮細胞のbeta5t発現が減少し、結果的に生体内でのCD8陽性キラーT細胞の産生が低下することを見出した。この結果は、胸腺皮質上皮細胞のなかでのbeta5t遺伝子発現がFoxn1の直接支配下にあることを証明したばかりでなく、転写因子Foxn1が胸腺機能を直接的に司るターゲット遺伝子をはじめて明らかにした成果と位置付けることができる(Uddin et al. 2017)。

ヌードマウスのひみつ、その一端が垣間みえた。発見から半世紀である。

 

高浜洋介

 

ゆらぐ自己と非自己

計画班員の片貝博士から、生命誌ジャーナルから最近、ご自身とその研究を採り上げた記事が出版されたとの連絡があった。「からだの中を動き回る免疫細胞」と題して、片貝博士のリンパ節とそのなかでの免疫細胞の動態に関する研究について、グラフィカルにもとてもわかりやすく、しかし専門性高く、紹介されている。

このとき併せて、当該の生命誌ジャーナルの最新号は「ゆらぐ」をテーマとしていて、坂口志文博士の記事が掲載されていることも教えていただいた。それがこの記事の表題の「ゆらぐ自己と非自己」である。坂口志文博士は、言わずと知れた「制御性T細胞」の発見者であり、免疫学の礎を築いた学者のひとりとして名高い。もちろん私個人としても然るべき深い尊敬を抱いており、来年3月の本領域の最終国際シンポジウムでもある「KTCC2017」では、特別講演をしていただく予定で準備を進めている。

「ゆらぐ自己と非自己」は、坂口志文博士の生い立ちから今後の展望に至るまで、ご本人へのインタビューを生命誌ジャーナル編集部がまとめたものである。テーマの「ゆらぐ」をたくみに使っていて、見事である。例えば、自己免疫疾患について、坂口博士のコメントとして「免疫が見きわめる自己と自己でないもの(非自己)の境界が、時に大きくゆらぐことを意味しています」と説明する。読んでいて引き込まれる。

このインタビュー記事の出色は、坂口先生が、抑制性T細胞について正面から語っておられる点である。ようやく口を開いてくださった、というのが一番の感想である。抑制性T細胞の隆盛とその凋落のなかで、困難にもかかわらずご自分の信じる道を歩まれた博士の思いがよく伝わってくる。抑制性T細胞の失敗について「技術のない時代に、見えないものを見ようとしたが故の不幸」と総括されている点が印象深かった。

また、日本との対比での米国の学術界の強みとして、「おもしろいことを言う若い研究者には、たとえ歩留まりが悪くてもチャンスを与えてみる」点を挙げておられる点も印象に残った。自分の経験に即して単に肯かされるだけでなく、それを強みにできていない日本の学術界をふりかえりつつ、「では日本の学術界はどうかわっていかねばならないか、どうすればよいのか」について考えさせられた。良質のインタビュー記事である。

高浜洋介

 

Synthetic Immunology近刊

計画班員の渡邊武博士の肝いり研究テーマは「人工的な免疫組織の構築による疾患制御」である。このテーマにて、博士のリーダーシップで「Synthetic Immunology Workshop」を設立し、現在までに四回の学術会議を開催してきている。その趣旨と成果をまとめた本「Synthetic Immunology」が近々Springer社より刊行される。

Synthetic immunologyは、本領域の掲げる両輪「Analysis and Synthesis」のひとつであり、今後の免疫学の重要な方向である。この本は、その現状の一端について、とりわけT細胞を含む免疫細胞とリンパ節を含む免疫組織の構築と再生に関してまとめた力作である。本領域からも、渡邊博士らのほか、総括班の河本博士らと中村博士らに執筆いただいた。すでに購入予約のできる本屋もあるようである。

9784431560258