2001年3月 臨床免疫に執筆した文章を一部改変 (高浜洋介;図はリクエストに応じてお送りします)

T細胞とB細胞への分化方向を決定する分子要因

はじめに

 私達のからだを外来微生物から防御するために中心的な役割を果たすリンパ球は、抗体を産生するBリンパ球と、抗体産生の司令制御や感染細胞の排除に携わるTリンパ球に2分され、これらのリンパ球はいずれも造血幹細胞より分化する。しかし、多能性の前駆細胞がどのようにして、かたや胸腺でTリンパ球へ、かたや骨髄でBリンパ球へと袂を分かっていくのかよくわかっていない。リンパ球分化でみられる細胞系譜分岐機構の理解を進めることは、高等生物における分化方向決定に共通の分子機構を解明するうえで格好のモデルを提供するばかりでなく、免疫不全症の病態理解や治療指針を確立していくために必須である。ここでは、T・Bリンパ球への分化系譜を決定する分子要因に関して最近の知見を中心に概説する。

 

リンパ球前駆細胞

 造血幹細胞の分化系譜決定機構の研究は、しばしば顆粒球や単球などミエロイド系細胞への分化を対象とする解析が主流であった。幹細胞が濃縮された細胞分画を、メチルセルロースなどを含む液体培地のなかで培養すると、いくつかのコロニー刺激因子を添加することによって、1個の前駆細胞から複数の細胞系譜への分化を同時に観察することが比較的容易にできたのが、ミエロイド系細胞を対象とした研究が進んできた大きな要因といえる。一方、造血幹細胞のリンパ球系細胞への分化機構については、特にBリンパ球分化を対象に多くの解析がなされていたものの、Tリンパ球への分化のみが胸腺という新たな臓器の存在を要求するということが、T・Bリンパ球への分化を同時に解析することに技術的な困難をもたらし、とりわけT・Bリンパ球の共通前駆細胞の有無や性状解析、あるいはT・Bリンパ球の系譜決定機構については、あまり明解な知見が得られてこなかった。しかしそのなかで最近、従来の解析技術の問題点を解決しつつ進められた、リンパ球共通前駆細胞に関するWeissmanらの研究とKatsuraらの研究の成果はとりわけ注目に値する。

 WeissmanのグループにてKondoらは、骨髄細胞を分画し、放射線照射マウスへと移入してT・Bリンパ球をはじめミエロイド系細胞への分化能を丹念に調べることによって、骨髄細胞中のLin-IL7-R+Thy-1- Sca1low c-kitlowの分画には、T・Bリンパ球およびリンパ球系のNK細胞への分化能はあるものの、マクロファージをはじめミエロイド系列への分化能がないことを示した。また彼らは、1個のLin-IL7-R+Thy-1- Sca1low c-kitlow骨髄細胞を試験管内で分裂させ、得られた細胞集団の一部をBリンパ球への分化誘導培養に、残りの一部をTリンパ球への生体胸腺内分化能の測定へと供することによって、ミエロイド系細胞への分化能を持たないT・Bリンパ球共通の前駆細胞(Common lymphoid progenitor; CLP)の存在を報告した(1)。

 一方、KatsuraのグループにてKawamotoらは、デオキシグアノシン処理したマウス胎仔胸腺器官に、胎仔マウス肝臓から分画した1個の前駆細胞を導入し、stem cell factor、IL-3、そしてIL-7の存在下で器官培養することによって、T・B・マクロファージへの分化能を試験管内で同時に測定評価できる培養法を開発した(2)。Multilineage progenitor (MLP)アッセイと名付けられたこの方法を用いて彼らは、Lin-IL7-R+CD45+Sca1+c-kit+の胎仔肝臓細胞中には、Tリンパ球とBリンパ球とマクロファージの3者へと分化能を持つ細胞、Tリンパ球とマクロファージの2者へと分化能を持つ細胞、Bリンパ球とマクロファージの2者へと分化能を持つ細胞、そしてTリンパ球、Bリンパ球、マクロファージのいずれか1つのみへと分化能を持つ細胞が存在し、もっとも注目すべきことにTリンパ球とBリンパ球の2者のみへと分化能を示す細胞がみつからないことを示した(2,3)。この結果は、リンパ球前駆細胞の分化系譜決定においては、Tリンパ球とBリンパ球の分岐のほうがリンパ球とマクロファージとの分岐よりも初期に起こることを示し、リンパ球系とミエロイド系の分岐がさきに起こり、その後T・Bリンパ球の分岐が起こるとするWeissmanらの見解と一致しなかった。

 これら2つのグループの結論は一見相反するが、Weissmanらの実験では成熟マウスの骨髄から前駆細胞を精製しているのに対して、Katsuraらは胎仔マウスの肝臓から前駆細胞を精製している。これら精製臓器の差異は、2つのグループによるT・B共通前駆細胞のマクロファージ分化能の差異を説明するかもしれない。また、Katsuraらのグループの実験系は常にサイトカインの飽和供給状態での細胞分化測定であるため、もしもWeissmanらが後に主張したようにサイトカインによる分化系譜決定の変更が起きるのであれば(4)、T・B共通前駆細胞のマクロファージへの分化能変更を併せて観察している可能性も考えられよう。いずれにせよこれらの研究成果から明らかなように、T・Bリンパ球に共通した前駆細胞の存在が明らかになり、現在その性状解析が進められている。

 

Tリンパ球とBリンパ球への分化を支配する核内因子群

 それでは、T・B共通前駆細胞はどのようにTリンパ球とBリンパ球それぞれへと分化していくのだろうか?リンパ球分化の始動と方向性を支配する分子機構に関しては、ノックアウトマウスを用いた解析の成果が大きく寄与している。たとえば、zinc fingerタイプのDNA結合タンパクIkarosの欠損マウスではTリンパ球とBリンパ球が完全に消失する。Tリンパ球の分化は前駆細胞の胸腺への移住以前に影響を受けて停止してしまうし、Bリンパ球の分化も骨髄中のCD43+プロB細胞期の激減を伴って初期で停止してしまう。一方、Ikaros欠損マウスでは、ミエロイド系の血液細胞をはじめ、リンパ球以外の細胞には大きな分化異常は見られていない(5)。これらの結果から、IkarosはT・Bリンパ球に共通し、かつリンパ球に特化された分化始動因子のひとつと考えられる。

 Tリンパ球とBリンパ球の完全な消失は、ほかにもRAG-1欠損マウスやRAG-2欠損マウスなどで観察される。しかしこれらの分子は、リンパ球に固有の抗原レセプターのV(D)J組換えを惹起し、抗原レセプターの発現に必須である。それゆえ、RAG-1あるいはRAG-2欠損マウスでのリンパ球初期分化停止は、T細胞抗原レセプター構成成分(TCRβ鎖やCD3ε鎖など)やB細胞抗原レセプター構成成分(μ鎖やIgα鎖など)の欠損マウスでTリンパ球とBリンパ球のそれぞれが比較的初期に分化停止することと合致する。これら抗原レセプター関連分子群は、リンパ球の機能実行分子としてリンパ球分化に重要であることは疑う余地のないものの、T・Bリンパ球への分化始動を支配する分子とは考えにくい。

 Bリンパ球への分化には関与せずTリンパ球への分化に関与する転写因子としてはGATA-3やTCF-1などが報告されている。Zinc fingerタイプの転写因子GATA-3は、Tリンパ球ばかりでなく腎臓や神経細胞などでの発現が認められており、GATA-3欠損マウスは胎齢12日目で死亡する。しかし、RAG-2欠損ES細胞とGATA-3欠損ES細胞を混合して得られるマウスを用いた相補能解析から、GATA-3欠損細胞はBリンパ球やミエロイド系血球細胞に分化できるのにかかわらず、きわめて初期の幼若胸腺細胞を含めてTリンパ球への分化能を全く示さなかった(6)。これらの結果から、GATA-3はTリンパ球に特化した細胞分化を支配する転写因子であると考えられる。

 HMGボックスファミリーのDNA結合タンパクTCF-1およびその近縁分子LEF-1は、いずれも胎生期には多くの組織に発現が認められるものの、生後はリンパ球のみに発現される。TCF-1欠損マウスはこれまで2種類作成されていて、興味深い差異が示されているが、いずれもTリンパ球の胸腺内成熟過程の中途で分化停滞が観察されている(7,8)。このことは、TCF-1はTリンパ球の分化成熟には必須であるものの、前駆細胞がTリンパ球へと方向決定する過程には関与しないことを示唆する。LEF-1欠損マウスでは生後種々の臓器に不全がみられるが胎生期のリンパ球分化は正常である9)。胎齢期のTリンパ球分化はTCF-1/LEF-1ダブル欠損マウスのほうがTCF-1欠損マウスよりも初期に停止するが(10)、この場合においても、前駆細胞がTリンパ球へと方向決定する過程にはTCF-1もLEF-1も必須の関与をするわけではないことが示唆される。

 一方、Tリンパ球への分化に関与せずBリンパ球への分化に関与する転写因子としては、E2A遺伝子産物群やPax-5遺伝子産物などの関与が報告されている。E2A遺伝子は、basic-helix-loop-helix (bHLH)タイプの転写因子E12, E47, ITF-1をコードする。E2A遺伝子産物群は多くの組織に発現される転写因子であるが、E2A欠損マウスではプロB細胞期でのBリンパ球初期分化停止がもっとも顕著な形質であり、Tリンパ球分化への影響はみられない(11,12)。Paired box領域を有する転写因子BSAPをコードするPax-5遺伝子の欠損変異マウスにおいても、プロB細胞期以降のBリンパ球初期分化が停止しており、Tリンパ球など他の血球細胞の異常はみられない(13)。これらの結果から、多能性の前駆細胞がBリンパ球へと分化方向を決定する過程で、E2AやPax-5の遺伝子産物が関与することが示唆された。

 このときおもしろいことに、Pax-5欠損マウスからIL-7存在下で増殖させたプロB細胞は、マクロファージや顆粒球などのミエロイド系血球細胞ばかりでなく、NK細胞やTリンパ球への分化能を示し、多能性を保持していることが示された(14,15)。これらの結果から、Pax-5欠損プロB細胞の造血分化研究への有用性が示されたばかりでなく、Pax-5転写因子が多能性前駆細胞の多能性を抑制することによってBリンパ球系譜への決定を支配する転写因子であることが示唆された。

 

細胞間シグナル伝達分子

 それでは、これらリンパ球分化方向を支配する核内因子の活性化は、どのような細胞間シグナルによって発動され伝達制御されるのだろうか。このことについては未だよくわかっていないが、最近Notch-1とOncostatin Mに関して興味深い知見が得られているので紹介する。

 Notch-1は、無脊椎動物から脊椎動物まで共通して種々の細胞の分化方向決定に関与し、Deltaファミリーのリガンドとの相互作用によって細胞内へとシグナルを発動する細胞表面分子である。ヒトやマウスなど哺乳類では4種類のNotchファミリー分子がある。そのうち、Notch-1が免疫・血液細胞の分化調節に関わることは、まずCD4T細胞とCD8T細胞の分化系譜決定にNotch-1の過剰発現が影響することから示唆された。一方、Notch-1の欠損マウスは胎齢10日頃までに致死であったが、Cre/loxPを用いた後天的欠失誘導マウスを用いるによって、Notch-1欠損によって胸腺でのTリンパ球分化が初期で停滞し、かわりに胸腺でのBリンパ球の異所性分化が促進されることが示された(16)。逆に、幼若造血細胞に活性化型Notch-1を過剰発現させると、Bリンパ球分化の初期停滞と骨髄での異所性Tリンパ球分化が認められた(17)。これらの結果からNotch-1は、Tリンパ球とBリンパ球の分化方向決定に関与する分子であることが示唆された。

 また、Oncostatin M過剰発現トランスジェニックマウスやOncostatin M投与マウスにて、胸腺非依存性にリンパ節でのTリンパ球の成熟が誘導されることが報告されている(18,19)。これらの生理的意義には不明なことも多いが、胸腺という組織全体ではなく、Tリンパ球への分化を支配する1個の分子としてOncostatin Mが機能しうる可能性を示唆して興味深い。

 

おわりに:新たなマウスモデル

 以上、共通の前駆細胞からTリンパ球とBリンパ球がどのように分化するのか、最近の知見をまとめた。Pax-5に関する多能性抑制による分化系譜決定など、比較的理解の進んできたことがらもあるが、全体像の理解にはまだまだ遠いと思われる。

 ところで私達は最近、Tリンパ球分化の分子機構の解析を進めてきたなかで、ヒトCD3εトランスジェニックマウスの1系統tgε26では胸腺に移住した前駆細胞はTリンパ球へと分化せず、そのかわりにBリンパ球へと成熟してしまい、その結果、Tリンパ球特異的免疫不全を発症することを発見した(20)。この異常は、同じコンストラクトで作製された他のトランスジェニックマウス系統では見られず、導入されたトランスジーンもとりわけ他の系統に較べて特記すべきコピー数ではなかったことなどから、トランスジーン挿入による系統特異的ゲノム異常によると考えられた。これまでに、fluorescence in situ hybridization法によってトランスジーンは染色体ゲノムの1カ所に挿入されていることがわかったので、現在、トランスジーン挿入ゲノムのクローニングと遺伝子機能の解析を進めつつ、T・Bリンパ球の分化系譜決定に関与する遺伝子の同定を目指している。

 このとき興味深いことに、Tリンパ球への分化が停止しBリンパ球への分化が見られるtgε26マウスの胸腺細胞において、T細胞特異的転写因子のうちGATA-3とTCF-1の発現が認められ、一方、PEBP-2αA, PEBP-2αB, LEF-1の発現は認められなかった。GATA-3とTCF-1の発現はtgε26胸腺細胞から精製された成熟Bリンパ球からも認められた。これらの結果から、GATA-3とTCF-1の発現は胸腺内前駆細胞がTリンパ球へ分化方向を決定するのに十分ではないことが示唆された(20)。

 私たちは今後更に、この変異マウスを用いた分化系譜決定の異常をもたらす分子機構を明らかにすることによって、T・Bリンパ球の分化方向決定機構のよりよき理解に貢献したい。

 

参考文献

1) Kondo, M., Weissman, I.L. & Akashi, K.: Identification of clonogenic common lymphoid progenitors in mouse bone marrow. Cell 91, 1-20, 1997.

2) Kawamoto, H., Ohmura, K. & Katsura, Y.: Direct evidence for the commitment of hematopoietic stem cells to T, B and myeloid lineages in murine fetal liver. Int. Immunol. 9, 1011-1019, 1997.

3) Kawamoto, H., Ikawa, T., Ohmura, K., et al.: T cell progenitors emerge earlier than B cell progenitors in the murine fetal liver. Immunity 12, 441-450, 2000.

4) Kondo, M., Scherer, D.C., Miyamoto, T., et al.: Cell-fate conversion of lymphoid-committed progenitors by instructive actions of cytokines. Nature 407, 383-386, 2000.

5) Wang JH, Nichogiannopoulou A, Wu L, et al.: Selective defects in the development of the fetal and adult lymphoid system in mice with an Ikaros null mutation. Immunity 5:537ミ549, 1996.

6) Ting CN, Olson MC, Barton KP, et al.: Transcription factor GATA-3 is required for development of the T-cell lineage. Nature 384:474-478, 1996.

7) Verbeek S, Izon D, Hofhuis F, et al.: An HMG-box-containing T-cell factor required for thymocyte differentiation. Nature 374:70ミ74, 1995.

8) Kuo C.T. & Leiden, J.M.: transcriptional regulation of T lymphocyte development and function. Annu. Rev. Immunol. 17:149ミ187, 1999.

9) van Genderen C, Okamura RM, Farinas I, et al.: Development of several organs that require inductive epithelial-mesenchymal interactions is impaired in LEF-1-deficient mice. Genes Dev. 8:2691ミ2703, 1994.

10) Okamura RM, Sigvardsson M, Galceran J, et al.: Redundant regulation of T cell differentiation and TCR alpha gene expression by the transcription factors LEF-1 and TCF-1. Immunity 8:11ミ20, 1998.

11) Bain G, Maandag EC, Izon DJ, et al: E2A proteins are required for proper B cell development and initiation of immunoglobulin gene rearrangements. Cell 79:885-892, 1994.

12) Zhuang Y, Soriano P, Weintraub H: The helix-loop-helix gene E2A is required for B cell formation. Cell 79:875-884, 1994.

13) Urbanek P, Wang ZQ, Fetka I, et al.: Complete block of early B cell differentiation and altered patterning of the posterior midbrain in mice lacking Pax5/BSAP. Cell. 79:901-912, 1994.

14) Nutt, S.L., Heavey, B., Rolink, A.G., et al.: Commitment to the B-lymphoid lineage depends on the transcription factor Pax5. Nature 401, 556-562, 1999.

15) Rolink, A.G., Nutt, S.L., Melchers, F., et al: Long-term in vivo reconstitution of T-cell development by Pax5-deficient B-cell progenitors. Nature 401, 603-606, 1999.

16) Radtke, F., Wilson, A., Stark, G., et al.: Deficient T cell fate specification in mice with an induced inactivation of Notch1. Immunity 10, 547-558, 1999.

17) Pui, J.C., Allman, D., Xu, L., et al.: Notch1 expression in early lymphopoiesis influences B versus T lineage determination. Immunity 11, 299-308, 1999.

18) Clegg CH, Rulffes JT, Wallace PM, et al: Regulation of an extrathymic T-cell development pathway by oncostatin M. Nature 384:261-263, 1996.

19) Boileau, C., Houde, M., Dulude, G., et al.: Regulation of extrathymic T cell development and turnover by oncostatin M. J. Immunol. 164: 5713ミ5720, 2000.

20) Tokoro, Y., Sugawara, T. Yaginuma, H., et al.: A mouse carrying genetic defect in the choice between T and B lymphocytes. J. Immunol. 161:4591-4598, 1998.

________________________________

ニュースのページに戻る