中枢性トレランス (日本臨床社「臨床免疫学」への原稿より改変;図はリクエストに応じてお送りします;高浜洋介)


はじめに

 ヒトをはじめとする高次生体における免疫システムは、感染微生物など外来抗原に対して排除応答を示すものの、自己生体構成物質いわゆる自己抗原に対しては応答しない。このように、ある抗原に対して特異的に不応答を示す免疫系の性質をトレランス(tolerance;免疫寛容)という。トレランスは、不応答といっても抗原特異的な不応答のことを指し、すべての抗原に対する応答が失われている免疫不全とは異なる。

 トレランスは免疫系の重要な特徴のひとつであり、自己抗原に対するトレランスの破綻は、免疫系による生体自己組織への攻撃と破壊すなわち自己免疫疾患をもたらす。また、臓器移植・骨髄移植・幹細胞移植による再生医療など、今後も重要性が増すと考えられる細胞移入医療において、ドナーとレシピエントの間での拒絶反応を制御するためにも、トレランスを理解し制御を図ることが不可欠である。

 抗原特異的なトレランスは、特定の抗原に特異的に反応するリンパ球の産生あるいは機能が抑止されることで成立する。トレランスの成立には複数の機構が連携して関与し、これらの機構は、一次リンパ組織における制御と二次リンパ組織における制御に分類して論じられる。前者を中枢性トレランス(central tolerance)といい、後者を末梢性トレランス(peripheral tolerance)という。中枢性トレランスは、幼若リンパ球のレパトア形成過程におけるトレランスへの寄与であり、リンパ球産生過程における抗原特異的細胞の排除(deletion)などの機構が関与する。一方、末梢性トレランスは主に、中枢性トレランスで排除しきれず末梢組織での免疫応答過程等で増加してきた抗原特異的細胞を排除または抑制することで不応答性を保持する機構であり、中枢性トレランスにとっては安全装置的(fail-safe)機構とみなすことができる。中枢性トレランスも末梢性トレランスも、それぞれの不調は深刻な病態に直結し、それぞれの機構理解は医学として重要である。ここでは以下、中枢性トレランスの成立機構について、最近の知見を中心に解説する。

 

1.負の選択

 自己抗原に対する中枢性トレランスの意義が最も理解されているαβ型Tリンパ球の場合、胸腺でのTリンパ球分化過程で、αβ型抗原受容体(T cell receptor; TCR)を発現しはじめて間もない幼若段階におけるリンパ球排除(deletion)が中枢性トレランスの主たる機構として知られている。この機構を負の選択(negative selection)という。

 造血幹細胞に由来するT前駆細胞は胸腺に移入し、胸腺内では、最も未熟なCD4-CD8-(double negative: DN)細胞から、胸腺細胞の大部分を占めるCD4+CD8+(double positive: DP)細胞を経て、CD4 single positive(SP)またはCD8 SPの成熟Tリンパ球へと分化する。幼若Tリンパ球はDP胸腺細胞期に至るまでにTCRを発現する。このとき、DP胸腺細胞にて発現されるTCRの認識特異性は、α鎖及びβ鎖それぞれの遺伝子再構成によって任意に生み出された可変部領域のアミノ酸配列によって規定され、一つ一つの胸腺細胞において異なる。可変部領域構造は核内でのゲノム一次配列の不可逆的組換えによって決定されるため、生体内で発現されている自己抗原はもとより自己MHCの多型構造など細胞外の情報には全く関わりなく作り出される。その結果、出現したばかりのDP胸腺細胞に担われる認識特異性の初期レパトア(レパートリー)には、外来微生物反応性など生体にとって有用な特異性ばかりでなく、自己反応性をもち生体にとって有害な特異性や、自己MHCと相互作用できない無用な特異性も含まれる。そのため胸腺では、有害な細胞や無用な細胞を排除し、自己生体にとって有用な細胞を選び出して分化させる、レパトア選択という細胞選別機構が存在する。レパトア選択によって、DP細胞のうち数パーセントのみの細胞が更なる分化を許される。外来抗原に対する認識特異性をもつTリンパ球は正の選択を誘導され、自己抗原に対する認識特異性をもつTリンパ球は負の選択によって排除される (1-3)。

 αβ型Tリンパ球とともに、γδ型Tリンパ球も自己抗原による負の選択がレパトア形成に関与することが知られている。また、Tリンパ球ばかりではなくBリンパ球においても、自己抗原反応性の幼若細胞の排除による負の選択の介在が認められている。

 

2.負の選択による細胞排除をもたらすシグナル

 抗原反応特異性に応じて細胞の生死分岐がもたらされる正と負の選択をもたらすシグナルは、いずれもTCRへの抗原リガンド結合によって惹起される。このとき概して、負の選択を起こすリガンド刺激は、正の選択を起こすリガンド刺激よりも強く大きい。胸腺内で発現される自己抗原を提示する自己MHC分子に対して、高い親和性で結合したり多くのTCRで反応したりするような幼若Tリンパ球は自己組織を破壊する可能性のある細胞として負の選択を誘導され排除される一方、低い親和性で結合したり少数のTCRで反応したりするような幼若Tリンパ球は外来抗原を提示する自己MHC分子に出会ったときに強い反応を示す可能性のある細胞として正の選択を誘導され分化を支持されるものと理解される。すなわち正と負の選択は、TCRを介したリガンド信号の質的差異と量的差異によって決定される生死運命分岐制御といえる。

 異なるリガンド刺激を受けたTCRは、細胞内で異なるシグナルを伝達して細胞生死の運命分岐を決定づける。まず、TCR複合体中に存在するITAMモチーフのリン酸化の差異が細胞生死の規定に連動する。また、シグナルを始動するTCRの膜raft形成依存性も異なり、負の選択始動時のほうがraft形成不全の影響をうけにくい。下流分子の中では、Grb2, Rac-1, JNK/p38は正の選択よりも負の選択誘導に関与する。更に、ERK活性化の強度および時間も正負の選択における生死分岐に関わる。負の選択をもたらす更なる下流としては、BH3-onlyサブファミリー分子群のBimや、Baxサブファミリーに属するBakとBaxを介したアポトーシスによる細胞死誘導が知られている(4,5)。

 

3.負の選択を担う胸腺内抗原提示細胞:AIREと胸腺内局在

 正の選択をひき起こす胸腺内抗原提示細胞としては、胸腺皮質に存在する上皮細胞の関与が知られている。一方、負の選択は様々な種類の抗原提示細胞により引き起こされる。とりわけ、胸腺内髄質の上皮細胞と造血幹細胞由来の樹状細胞の関与がよく知られている。

 胸腺髄質の上皮細胞による特殊な抗原提示とそれによるトレランス誘導機構については、最近、髄質上皮細胞に発現されるAIRE(autoimmune regulator)の関与が明らかにされ興味深い。AIREはZnフィンガーを有する転写因子様のタンパク質で、胸腺髄質の上皮細胞に特異的に発現される。AIREは、本来胸腺以外の臓器や組織でのみ機能する多くのタンパク質(例えばインスリンなど)を胸腺髄質上皮細胞が低レベルで発現するために必須で、胸腺以外の組織に発現される体内の自己分子に対する中枢性トレランス誘導に重要な役割を果たしている。実際、AIRE遺伝子の変異は自己免疫性多腺性内分泌不全症I型(Autoimmune polyendocrinopathy-candidiasis-ectodermal dystrophy: APECED)の原因となり、AIRE欠損マウスでは自己抗体の産生やリンパ球の浸潤といったAPECED様の自己免疫症状を呈する。すなわち、胸腺内の髄質上皮細胞に発現されるAIREは胸腺での自己抗原の発現を促し、中枢性トレランスの成立に不可欠の役割を果たす。AIRE依存性の中枢性トレランスの成立は、自己抗原反応性Tリンパ球の負の選択による排除によると示唆されている(6,7)。

 一方、全身組織に発現されるような自己分子については、胸腺器官内でも様々な細胞によって発現され、造血幹細胞由来で胸腺組織内に局在する樹状細胞や、髄質上皮細胞ばかりでなく皮質上皮細胞に提示されることで、自己抗原反応性Tリンパ球の負の選択をもたらすと考えられている。皮膜直下領域に局在している前DP段階においても負の選択が起こるといった知見(8)からも、胸腺内の負の選択は器官内局在としても抗原提示細胞の種類としても多様な機構を内包していることが伺われる。

 

4.負の選択による排除を伴わない中枢性トレランス機構

 胸腺でのTリンパ球分化における中枢性トレランスの機構としては、負の選択によるアポトーシスを介した自己反応性細胞の排除ばかりでなく、自己反応性Tリンパ球を排除せずに自己反応性を回避する機構がいくつか存在する。

 具体的にはまず、負の選択が誘導されるほど高い濃度でないような自己抗原に出会ったDP胸腺細胞は、CD4やCD8といったコレセプターなど抗原認識に関わる機能分子の発現量を低下させることで、少なくとも一過性に負の選択誘導シグナルを回避して生き残り、場合によっては正の選択を受けて成熟T細胞と分化するケースがある(9)。このようにして産生されたTリンパ球は末梢組織で自己抗原に反応して攻撃してしまう可能性があり、このような細胞を制御するために末梢性トレランスの機構が備わっていると考えることもできる。

 また、胸腺内で自己抗原を提示する細胞の種類(皮質上皮細胞の場合など)によっては、自己抗原に出会ったDP胸腺細胞は負の選択で排除されるのではなく、TCRα鎖遺伝子の再構成を改めて起こすことによってTCRの特異性を変更させ、その結果、正の選択を受けて成熟T細胞と分化する場合もある。この機構はreceptor-editingといわれ(10)、自己反応性Bリンパ球の運命としてしばしば観察されている機構である。

 更に、やはり胸腺内での自己抗原提示細胞が限定されている場合、自己反応性Tリンパ球が排除されてしまうのではなく、排除されずに反応性を失って生き残る、いわゆるアナジー(anergy)状態に陥るケースも報告されている(11,12)。

 これら非排除的中枢性トレランスの機構が、単に例外的事象の観察にすぎないのか、それとも何らかの特定の意義のある機構なのか、未だ不明である。例えば次に論じるように、排除されずに生き残った細胞が、制御性T細胞など特定のTリンパ球亜集団の生成に関わる可能性があるのかといった疑問なども、今後の課題として興味深い。

 

5.胸腺内での制御性T細胞産生

 中枢性トレランスに関わるもうひとつ重要な機構として、胸腺内での制御性T細胞の生成が挙げられる。制御性T細胞(regulatory T cells)は、forkhead型転写因子FoxP3の発現によって特徴づけられるCD25陽性T細胞や、NKマーカーの発現とVα14-Jα281に限局されたTCRα鎖を発現することで識別されるNKT細胞といった複数のTリンパ球亜集団から構成される。制御性T細胞による免疫応答の負の制御は、末梢性トレランスの維持に必須であることが示されている。これら制御性T細胞も少なくとも一部は胸腺で生成されるので、制御性T細胞の胸腺内生成機構の解明はトレランス成立機構の理解にとって重要な課題である(13,14)。どのように胸腺で生成するのかは不明であるが、胸腺皮質上皮細胞が負の選択による細胞排除ではなく抗原依存性に制御性T細胞の生成をもたらすケースの報告もある(15)。一方、lymphotoxin beta receptorとNFkB-inducing kinaseを介したシグナルに依存して構築される胸腺髄質が制御性T細胞の生成に重要な関与を示すケースも報告されている(16)。

 

おわりに

 以上、胸腺内でのαβ型Tリンパ球の中枢性トレランスの機構について解説した。明白なことは、多くの事象がわかってきているとともに、未だ不明のこともまだまだ多いということである。興味深い今後の問題点を敢えていくつか挙げるとするならば、(1)負の選択による細胞排除をもたらす細胞内シグナル伝達機構についてTCR直下のシグナルがどのようにBimやBax等を介したアポトーシス制御分子の活性化を引き起こすのか、(2)胸腺髄質上皮細胞のAIRE発現がどのように組織特異的自己抗原の発現をもたらすのか、(3)制御性T細胞の胸腺内生成機構は従来知られている正と負の選択機構との関連でどのような機構なのか、などを挙げておきたい。いずれにせよ、中枢性トレランスの機構解明は、自己免疫疾患の制御や移植再生医療における拒絶反応の制御を図る上で今後も重要な課題であり、免疫学の主要テーマのひとつと位置づけられる。

 

文献

1.Starr TK, Jameson SC, Hogquist KA. Positive and negative selection of T cells. Annu. Rev. Immunol. 21:139-176, 2003.
2.Sprent J, Kishimoto H. The thymus and negative selection. Immunol. Rev. 185:126-135, 2002.
3.高浜洋介『T細胞の分化と機能』免疫学最新イラストレイテッド 羊土社 p77-94, 2003.
4.Werlen G, et al. Signaling life and death in the thymus: timing is everything. Science 299:1859-1863, 2003.
5.新田剛、高浜洋介『T細胞選択を制御する分子シグナル』臨床免疫 39: 201-208, 2003.
6.Anderson MS, et al. Projection of an immunological self-shadow within the thymus by the Aire protein. Science 298:1395-1401, 2002.
7.Liston A, et al. Aire regulates negative selection of organ-specific T cells. Nature Immunol. 4:350-354, 2003.
8.Takahama Y, Shores EW, Singer A. Negative selection of precursor thymocytes before their differentiation into CD4+CD8+ cells. Science. 258:653-656, 1992.
9.Chidgey AP, Boyd RL. Positive selection of low responsive, potentially autoreactive T cells induced by high avidity, non-deleting interactions. Int Immunol. 10:999-1008, 1998.
10.McGargill MA, Derbinski JM, Hogquist KA. Receptor editing in developing T cells. Nature Immunol. 1:336-341, 2000.
11.Ramsdell F, Lantz T, Fowlkes BJ. A nondeletional mechanism of thymic self tolerance. Science. 246:1038-1041, 1989.
12.Roberts JL, Sharrow SO, Singer A. Clonal deletion and clonal anergy in the thymus induced by cellular elements with different radiation sensitivities. J Exp Med. 171:935-940, 1990.
13.Sakaguchi S. Naturally arising CD4+ regulatory T cells for immunologic self-tolerance and negative control of immune responses. Annu Rev Immunol. 22:531-562, 2004.
14.Benlagha K, et al. A thymic precursor to the NK T cell lineage. Science. 296:553-555, 2002.
15.Wang R, Wang-Zhu Y, Grey H. Interactions between double positive thymocytes and high affinity ligands presented by cortical epithelial cells generate double negative thymocytes with T cell regulatory activity. Proc Natl Acad Sci USA. 99:2181-2186, 2002.
16.Kajiura F, et al. NF-kappa B-inducing kinase establishes self-tolerance in a thymic stroma-dependent manner. J Immunol. 172:2067-2075, 2004.


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Last updated: September 29, 2004 by Yousuke Takahama