T細胞の分化と機能(羊土社「先端の免疫学イラストレイテッド」の原稿より改変;図はリクエストに応じてお送りします)


サマリー

 T細胞は免疫系のかなめであり、ヒトはT細胞なしに生きていくことはできない。本章では、T細胞とはどのような細胞でどんな機能を担うのか概説したのちに、T細胞がどのようにしてつくられるのか解説する。とりわけ、T細胞が免疫システムの自己・非自己の識別を担うとはどういうことなのか、レパトア選択を中心に説明する。また、T細胞の活性化と維持の機構について解説し、免疫記憶のしくみに言及する。

T細胞とその機能

 造血幹細胞に由来するT細胞(T cell)[またはTリンパ球(T lymphocyte)とも呼ばれる]は、獲得免疫の中心的司令塔である。事実、幼若T前駆細胞の生存維持と増殖に必要なサイトカインinterleukin-7(IL-7)受容体の構成鎖γcの欠損症や、T細胞分化に必要な胸腺の形成不全を呈するDiGeorge症候群の患者では、T細胞が形成されず、その結果としてすべての獲得免疫応答の不全がもたらされる。微生物に囲まれて生活する地球人は、T細胞なしに生きていくことができない。

 T細胞は、表面にT細胞レセプター(T cell receptor, TCR)とよばれる抗原受容体を発現する細胞として定義される。図1にTCR分子の模式図を示す。TCRは、B細胞の抗原レセプターである免疫グロブリンと同様、V(D)J組換えにより抗原認識多様性を生み出す。一方、TCRは免疫グロブリンと異なり、抗原分子そのままに結合するのではなく、抗原提示細胞上のMHC分子に提示された消化ペプチド抗原に結合する。

 T細胞の機能は、Th1,Th2,キラーT細胞といった3種類の機能集団によって主に発揮される(図2)。Th1とTh2の多くは表面にCD4を発現する一方、キラーT細胞の多くは表面にCD8を発現する。CD4とCD8はそれぞれ、クラスII MHC (major histocompatibility complex)分子とクラスI MHC分子に対する結合性を持ち、CD4陽性T細胞とCD8陽性T細胞はそれぞれクラスII MHC分子とクラスI MHC分子に提示された抗原ペプチドに反応性を示す(図3)。

 Th1細胞とTh2細胞はいずれもCD4陽性のT細胞であるが、産生するサイトカインの種類によって分類される。Th1は、γ-interferon(γIFN)を産生することを特徴とし、そのためにマクロファージの活性化をもたらす。その結果、多くの炎症反応の惹起に関与する。一方、Th2はinterleukin-4(IL-4)を産生することを特徴とし、B細胞を活性化する。その結果、IgE産生を介するアレルギー反応など、B細胞による抗体産生応答に必須である。

 キラーT細胞は、ウイルス感染細胞などの標的細胞を認識することでperforinやgranzymeといったアポトーシス誘導因子を放出し、直接アポトーシスをもたらすことによって傷害する。

 T細胞にはその他、制御性T細胞(regulatory T cell)、NKT細胞、γδT細胞などの集団が知られている。制御性T細胞とNKT細胞は、一旦始まった免疫応答を能動的に終結させる機能にあずかる細胞集団と考えられている。

T細胞の分化

 T細胞の分化とは、前駆細胞がT細胞に固有の分子を発現するようになり、T細胞に固有の機能を果たすように成熟することである。

1.T細胞分化の場としての胸腺

 T細胞は、造血幹細胞に由来する血球細胞である。しかし他のどの血球細胞と異なり、骨髄などの一次造血器官以外にもうひとつの分化支持器官として胸腺を必要とする(図4)。胸腺は、胸骨下にある一対の二つの葉(lobe)から成る器官で、各々の葉は多くの小葉からなる。それぞれの小葉は、外側にある皮質(cortex)と内側にある髄質(medulla)からなる。皮質には、T細胞の前駆細胞である未熟胸腺細胞(thymocyte)が皮質特有の上皮細胞に包まれるように存在する。髄質には、末梢リンパ組織にも見られるほど成熟したT細胞や髄質特有の上皮細胞および多くの樹状細胞が存在する(図5)。

 胸腺器官は、内胚葉由来の上皮細胞が、外胚葉神経堤細胞由来の間充織細胞と相互作用して形成される。ヒトでは胎生4週に第3咽頭嚢において左右の胸腺原基がそれぞれ形成され、胎生8週ごろからリンパ系前駆細胞の胸腺原基への移住が観察される。胎生14週までには皮質と髄質の区分が明確になり、胎生期を通じて胸腺は大きくなる。胸腺は新生児期に体重比で最大になり、思春期までのピーク時には30グラム程度に達する。胸腺は加齢に伴い退縮するが、老年期でもT細胞分化支持能が完全に消失するわけではない。

 皮質と髄質からなる胸腺の器官構築には、上皮細胞と間充織細胞のみならず、T細胞系の前駆細胞の移住とその成熟が必要である。リンパ球依存性の上皮細胞の分化には、ヌードマウスにおける胸腺欠損の原因遺伝子でもある転写因子FoxN1が必須である。

2.T細胞の初期分化

 多能性の造血幹細胞からT細胞系列への分化方向決定は、リンパ球系列の前駆細胞が胸腺へと移住する前に、Notchを介した信号によって規定されるといわれている。胸腺に移住してきたばかりのT前駆細胞は、幼若な血球幹細胞に似てCD44 high CD117(c-kit) highである。CD44 high CD117 high胸腺細胞は、最も未熟なCD4陰性CD8陰性細胞でもあるためDN1細胞(double negative 1)ともよばれる(図6)。

 DN1細胞は、胸腺内の皮質被膜下領域(subcapsular cortex)に強く発現されるinterleukin-7(IL-7)とc-kit ligand(KL)に反応して著しく増殖するとともに、CD25(interleukin-2 receptorα鎖)を発現し(DN2細胞)、しだいにCD44発現を減少させてDN3細胞となる。DN1細胞にはTCR遺伝子の再構成は検出されないが、DN3細胞へと分化が進むまでにはTCR遺伝子再構成に必須の酵素RAGの構成鎖RAG-1と RAG-2が発現され、TCRβ及びTCRγ遺伝子座のV(D)J組換えが起こる。TCRβ及びTCRγの再構成の起こったDN3細胞が、TCRαβ型T細胞となるかTCRγδ型T細胞となるかの分岐決定は、TCRγ遺伝子座とTCRα遺伝子座に存在するサイレンサー領域における制御が知られている。また、Notchによる制御が示唆されている。

 TCRβ遺伝子の再構成および発現に成功したDN3細胞では、TCRα遺伝子の再構成および転写はまだおこっておらず、成熟T細胞にみられるTCRαβ型のTCRは発現されていない。しかしDN3期の細胞では、TCRβ鎖がTCRα鎖を伴わずに細胞膜表面に発現されている。このようなTCRβ鎖複合体はプレTCR(pre-TCR)と呼ばれ、プレTCRに固有の代替α鎖 (pre-TCRα; pTα)が含まれる(図7)。プレTCRの発現は、DN3細胞が引き続く分化を起こすために必須である。プレTCRは、リガンド刺激を受けずとも、膜表面に発現するだけでシグナルを発動できる膜表面分子といわれる。プレTCRシグナルは、CD25発現を低下させるとともに、TCRβ遺伝子の再構成を阻害しTCRβ遺伝子座での対立遺伝子排除をもたらす。またプレTCRシグナルは、CD4やCD8の発現誘導およびTCRα鎖の遺伝子再構成と発現をうながす。その結果、プレTCRシグナルをうけたDN3細胞は、CD25の発現を減少させ(DN4期あるいはCD4陽性CD8陽性double positive期の直前前駆細胞という意味でpre-DP期)、成熟T細胞型αβTCRを細胞表面に発現するCD4+CD8+胸腺細胞(CD4陽性CD8陽性細胞という意味でdouble positive(DP)細胞とよばれる)へと分化する。

3.DP胸腺細胞とTCR発現

 DP胸腺細胞は、正常胸腺細胞のうち70-80%を占め、胸腺皮質に局在する。新しく生成されたばかりのDP細胞は表面にまだプレTCRを発現しているが、すでにプレTCRシグナルによりTCRα鎖遺伝子の再構成と転写が活性化されており、成熟T細胞型TCRを表面発現しはじめている。殆どのDP細胞に発現されるTCRの発現レベルは成熟T細胞に発現されるTCRの発現レベル(TCR high)に比べて約1/10以下である(図8)。具体的には、殆どTCR発現の検出できない集団(TCR dim)、低レベルでTCR発現が検出される集団(TCR low)、そしてTCR lowとTCR highとの中間レベルでTCRを発現している集団(TCR medium)と、DP細胞はTCRの発現レベルに従って少なくとも3種類の集団から構成されている。すなわち、DP細胞は単一の大集団ではなく、複数の亜集団から成る細胞集団である。DP胸腺細胞亜集団のなかでは、細胞の分化成熟に伴ってTCR dimからTCR lowそしてTCR mediumへと段階的にTCR発現量を上昇させ、最終的にはCD4+CD8-あるいはCD4-CD8+へと分化するに従って、成熟T細胞型のTCR highへと至ると考えられている。

4.レパトア選択

 DP胸腺細胞にて発現されるTCRの認識特異性は、α鎖及びβ鎖それぞれの遺伝子再構成によって任意に生み出された可変部領域のアミノ酸配列によって規定される為、一つ一つの胸腺細胞において異なる。このとき、可変部領域構造は核内でのゲノム一次配列の変化によって決定されるため、自己生体内で発現されている自己抗原はもとよりMHCの多型構造など細胞外の情報には影響されずに作り出される。その結果、出現したばかりのDP胸腺細胞に担われる膨大な認識特異性の初期レパトアには、生体にとって有用な細胞ばかりでなく、自己反応性をもち生体にとって有害な細胞や、自己MHCと相互作用できない無用な細胞も含む。そのため胸腺では、これら有害な細胞や無用な細胞を排除し、自己生体にとって有用な細胞を選び出して分化させる、レパトア選択という後天的細胞選別機構が存在する。レパトア選択によって、DP細胞のうち実に数パーセントのみの細胞が分化を許されるといわれる。

 このとき注目すべきことに、本来T細胞はTCRによって抗原構造ばかりでなくMHC構造をも認識する。一方、MHC構造は極めて多型に富むため、あるヒトの体内で形成された有用レパトアは、そのヒトのMHC多型構造と自己抗原分子群に特化して形成される。その結果、あるヒトのT細胞レパトアは、他人の体内では有用でないどころか、細胞障害をもたらすほど有害なレパトアになってしまうことがしばしばである。移植片の拒絶などで顕著に示される非自己への攻撃と、逆にそのことから窺い知ることのできる自己生体成分への積極的な寛容という免疫システムの性質は、まさにT細胞のレパトア形成に起因するのである。すなわち、DP胸腺細胞の正と負のレパトア選択こそ、T細胞系の「自己と非自己の識別」という性質を規定する重要な基盤といえる。

 レパトア選択においてDP胸腺細胞は、細胞表面に発現されるTCR可変部によって規定される抗原特異性に従って、成熟を遂げるか(正の選択,positive selection)または死滅してしまうか(負の選択,negative selection)の選択をうける(図9)。胸腺内での正の選択という現象は、ある抗原に特異的なT細胞が異なる多型アレルのMHCに提示された同じ抗原を認識できないという自己MHC拘束性を示す原因を調べることから発見された。1978年、Zinkernagelらは、ウイルス特異的なキラーT細胞の自己MHC拘束性が胸腺に発現されるMHC型によって後天的に決定されることを最初に示した(図10)。即ち、彼らは、MHC型がA型とB型のマウスの交雑第一世代(AxB)F1マウスの骨髄造血幹細胞を放射線照射された(AxB)F1マウスの環境内で成熟させた。このようなマウスを対象にウイルスを感染させて出現したキラーT細胞のMHC拘束特異性を調べたところ、レシピエントマウスが無処置の(AxB)F1マウスであればキラーT細胞は正常(AxB)F1マウスと同様に、A,BいずれのMHCにも拘束特異性を示したが、レシピエントマウスからあらかじめ胸腺を外科的に摘出した上でAマウスの胸腺組織を移植しておくと、結果的に出現したキラーT細胞はA型のMHCのみに拘束特異性を示した。このようなマウスでは、胸腺のみがB型MHCを発現しないAマウス由来の器官で、そのほかの臓器は骨髄由来のT細胞自身も含めてすべてA型MHCとB型MHCの両方のMHCを発現するF1由来であることに注目すると、キラーT細胞のA型MHCに対する拘束特異性は、骨髄T前駆細胞のMHC型によって先天的に決定されているのではなく胸腺に発現されるMHC型によって後天的に決定または教育されると考えられた。

 T細胞の自己MHC拘束性が胸腺のMHC型に従って後天的に選択されることは、ほぼ同時期にSingerらによって、遺伝的に胸腺を欠損したヌードマウスに胸腺を移植する実験からも示された。即ち、ヌードマウスでは胸腺の欠損のためにT細胞が成熟してこないが、胸腺ローブを移植することによってヌードマウスの骨髄幹細胞由来のT細胞が出現してくる。このとき出現したヘルパーT細胞のMHC拘束特異性は骨髄幹細胞上に発現されるMHC型ではなく、胸腺ローブに発現されるMHC型によって規定されていた。

 これら今や古典的ともいえる実験から明らかなことは、T細胞のMHC拘束特異性は先天的に決定されているのではなく、胸腺内のMHCを拘束特異性とするT細胞のみが胸腺にて分化する後天的決定ということである。T細胞のMHC拘束特異性は本来T細胞内でのTCR遺伝子のV(D)J再構成によって一義的に決定されてくるものであることをふまえると、胸腺内での特異性の決定あるいは教育とは、様々な拘束特異性をもつT細胞レパトアのなかから、胸腺内のMHCを拘束特異性とするTCR構造を持つように遺伝子再構成を起こしたT細胞のみが成熟分化を許される「選択」と理解される。そのため、このような選択は、胸腺内のMHCによって積極的かつ後天的にもたらされる分化制御であり、正の選択と呼ばれる。

 一方、外来ペプチドの認識に有用な自己MHC拘束特異性のT細胞ではなく、自己MHCに自己抗原ペプチドが結合しているリガンドに強く反応するようなTCRを発現するT細胞については、もしも自己反応性を有したまま正の選択をうけて体内に出ていくと、体内の自己構成細胞を攻撃することになり、いわゆる自己免疫病状態を引き起こしてしまう。しかし、このような自己反応性T細胞は胸腺分化の途上で排除される。その結果、形成されるT細胞レパトアは自己生体構成成分に対して特異的に応答しない性質を獲得する。このように、自己寛容(self tolerance)の確立をもたらす分化途上の自己反応性T細胞の排除もまた、胸腺内のTCRリガンドに特異的かつ後天的に起こる積極的なレパトア選択過程であり、負の選択と呼ばれる。

5.レパトア選択における細胞分化制御

 これら正と負の選択がいずれも最もみごとに観察されるのが、TCRトランスジェニックマウスである。とりわけ、RAGノックアウトマウスなど内在TCR遺伝子の再構成ができない変異マウス内でTCR遺伝子を発現するトランスジェニックマウスでは、対立遺伝子排除を必ずしも受けないTCRα鎖も内在遺伝子は発現されないので、その個体内で発現されるTCR構成鎖はα鎖もβ鎖もトランスジーン由来のただ一種類のみである。このようなTCRトランスジェニックマウスを用いることによって、本来10万個や100万個に1つといったただ一種類のT細胞クローンの分化と選択を個体レベルで観察することができる。

 最もよく知られたTCRトランスジェニックマウスを用いた胸腺内選択の観察は、H-Y抗原(Y染色体にコードされるオス特異的分子由来のペプチド)を認識するメスのCD8陽性キラーT細胞由来TCR(HY-TCRと略称される)についての解析である(図11)。von Boehmerらが作製したトランスジェニックマウスのHY-TCRは、H-YペプチドをH-2Db クラスI MHC分子とともに認識する。そのためH-2Dbを発現するメスのHY-TCRトランスジェニックマウスでは、抗原ペプチドは自己分子として発現されていないが拘束特異的MHC分子は発現されているため、トランスジェニック胸腺細胞は有用T細胞として正の選択をうけ成熟CD8陽性T細胞へと分化する。一方、H-2Dbを発現しないHY-TCRトランスジェニックマウスでは、たとえメスでH-Y抗原を発現していない個体でも、胸腺細胞は無用T細胞として正の選択をうけることができず、T細胞分化はDP細胞期で停滞していた。このことから正の選択とは、DP胸腺細胞の分化を規定する分化制御であることがわかる。このとき興味深いことに、H-2Db陽性のメスHY-TCRトランスジェニックマウスで成熟してきたT細胞はすべからくCD8陽性T細胞で、CD4陽性T細胞は出現しなかった。即ち、CD8陽性クラスI MHC拘束性T細胞のTCRはDP胸腺細胞を選択的にCD8陽性細胞のみへと分化させるシグナルを惹起することがわかった。また、H-2Db陽性のオスHY-TCRトランスジェニックマウスでは、有害な自己反応性T細胞の負の選択がおこり、T細胞の成熟が障害されているばかりでなくDP期の胸腺細胞も激減していた。これは自己MHCと自己ペプチドとの複合体を認識したDP期およびそれ以前の細胞が、アポトーシスによる細胞死などの分化停止信号を受けたためと考えられる。ここに記したようなTCRトランスジェニックマウスからもうひとつ明らかになったことは、正の選択も負の選択も受けないT細胞もまた、DP期で胸腺分化を終えてしまうということである。負の選択を受けない細胞であったとしても正の選択を受けない細胞はDP細胞から更に成熟しないのである。

6.正負選択における細胞運命分岐

 TCR反応性に応じて細胞の生死分岐がもたらされる正と負の選択は、いずれもTCRという1種類のレセプターからのリガンド信号によって惹起される。このとき、幼若Tリンパ球の生と死をもたらすTCRリガンドは互いに異なる。すなわち、成熟Tリンパ球に対してアンタゴニストリガンドとして作用する低親和性ペプチドは正の選択に近似したTリンパ球分化を誘導する一方、成熟Tリンパ球の活性化を誘導する高親和性アゴニストペプチドは負の選択に近似した細胞減少をもたらす。アゴニストペプチドを用いた場合でも、成熟Tリンパ球を活性化するには不十分な低濃度によって正の選択が誘導される。すなわち、幼若Tリンパ球の生死運命は刺激リガンドの質ばかりでなく量にも依存して決定される。さらに、幼若Tリンパ球に低い程度のTCR凝集を起こすと正の選択が誘導され、高い程度でTCRの凝集を起こすと負の選択に近似した細胞減少がもたらされる。このように、正と負の選択は、TCRを介したリガンド信号の質的差異と量的差異によって決定される生死運命分岐制御である。概して、正の選択を起こすリガンド刺激は、負の選択を起こすリガンド刺激よりも弱く小さい(図12)。

 異なるリガンド刺激を受けた抗原レセプターは、どのように細胞内で異なるシグナルを伝達して細胞生死の運命分岐を決定づけるのだろうか。まず、TCRそのものの惹起信号、すなわちTCR複合体中に存在するITAMモチーフのリン酸化の差異が起因するといわれる。1つのTCR複合体中に合計10個存在するITAMモチーフは、LckなどのSrcファミリーチロシンキナーゼによりリン酸化を受け、TCRシグナルの惹起に重要な役割を果たす。このとき、正あるいは負の選択が誘導される時にみられるTCRのITAMリン酸化パターンが異なるという。また、発生工学的にITAMの数を変動させると正負選択における運命方向がかわってしまうことから、異なるリガンドによるTCR刺激の差異がITAMリン酸化の質と量の差異を介して正負いずれかの選択を始動すると考えられている。更に、正の選択と負の選択において、シグナルを始動するTCRの膜raft形成依存性も異なり、正の選択始動時のほうがraft形成不全の影響をうけやすい。

 ITAMに比較的近位の下流分子の中では、Grb2の関与が示唆されている。すなわち、Grb2の発現量が低下しているGrb2ヘテロ欠損マウスでは、正の選択は正常に起こるのに対し、負の選択は障害されている。このときGrb2ヘテロ欠損マウスでは、幼若Tリンパ球をTCR刺激してみられるJNK及びp38の活性化が減弱していたのに対し、ERKの活性化は影響をうけなかったことから、JNKあるいはp38の活性化が負の選択を誘導するシグナルに関与する可能性も支持された。これらの結果から、Grb2および下流のJNK/p38は正の選択に関与せず負の選択誘導に関与すると考えられた。

 また、GTPaseのひとつRac-1も正と負の選択の分岐に関わるという。すなわち、恒常的活性変異型のRac-1を発現させた幼若Tリンパ球では、正の選択を誘導するリガンド刺激によって負の選択が誘導されて細胞排除がみられる。TCRシグナルが惹起される際、Rac-1の活性化を伴うことで負の選択へと細胞運命が決定されてしまうようである。

 これら運命決定に関わる膜直下シグナル伝達分子の下流では、上にも述べたようにERKを介するMAPキナーゼ経路が正の選択誘導シグナルに優先的に関与する一方、JNKあるいはp38を介するMAPキナーゼ経路が負の選択に優先的に関わるといわれる。更に、ERKカスケードの活性強度および経時的コントロールも正負の選択における生死分岐に関わるといわれており、特定のMAPキナーゼ経路の活性化が一義的に生死運命を決定づけるのではなく、相互の活性化程度のバランスによって運命決定に至るようである。また、負の選択においては、更なる下流でBH3-onlyサブファミリー分子群のBimや、Baxサブファミリーに属するBakとBaxの関与が知られている。

7.胸腺内選択を担う抗原提示細胞

 正の選択をひき起こす胸腺内抗原提示細胞は、主として胸腺皮質に存在する上皮細胞である。一方、髄質の上皮細胞と骨髄由来の樹状細胞は主として負の選択の誘導に関与する。

 このとき、胸腺以外の組織に発現される体内の自己抗原に対する自己寛容機構として、髄質上皮細胞に発現されるAIRE(autoimmune regulator)の関与が知られている。AIREはZnフィンガー(PHDフィンガー)を有する転写因子様のタンパク質で、胸腺髄質の上皮細胞に特異的に発現されている。AIREはまた、自己免疫性多腺性内分泌不全症I型(Autoimmune polyendocrinopathy-candidiasis-ectodermal dystrophy: APECED)の原因遺伝子である。髄質上皮細胞に発現されるAIREは、胸腺髄質上皮細胞が本来胸腺以外の臓器や組織でのみ機能する多くのタンパク質(例えばインスリンなど)を低レベルで発現するために必須の関与を示すといわれており、実際、AIREノックアウトマウスでは、胸腺髄質上皮細胞にディスプレイされる胸腺外分子の発現が障害されているとともに、自己抗体の産生やリンパ球の浸潤といったAPECEDに似た自己免疫症状を呈する。すなわち、髄質上皮細胞に発現されるAIREは胸腺での自己抗原の発現を促し、負の選択による中枢性免疫寛容の成立と自己免疫の回避に不可欠の役割を果たすようである。

8.CD4・CD8T細胞の分化方向決定

 一方、幼若なDP胸腺細胞が正の選択を受けたとき、クラスII MHC反応性のTCRを発現するDP細胞はどのようにCD8のみを消失してCD4T細胞に分化し、逆にクラスI MHC反応性のTCRを発現するDP細胞はどのように選択的にCD8T細胞へと分化するのだろうか。これまでの解析から、DP細胞のCD4T細胞およびCD8T細胞への分化は互いに対称的(シンメトリック)な過程ではなく非対称(アシンメトリック)であることが示されている(図13)。即ち、正の選択をもたらすTCR刺激を受けたDP胸腺細胞のうち、CD4T細胞に分化する細胞の分化方向決定はMHC非依存的に起こるのに対して、CD8T細胞への分化方向決定には追加的なクラスI MHC依存性の信号が必要である。CD8T細胞への分化方向決定にはNotch信号が関与するともいわれる。

9.Single positiveT細胞の成熟

 このようにして胸腺内T細胞分化はCD4+CD8-およびCD4-CD8+の'single positive'(SP)細胞期まで至るが、正の選択を受けて新生した'single positive'細胞は、まだTCR刺激を受けてもinterleukin-2(IL-2)などのサイトカイン産生や増殖応答をおこすことができない。実際、新しく出現したばかりのCD4+CD8-胸腺細胞は、TCRmediumHSAhighQa-2-という未成熟の形質で、胸腺移出に関与するケモカイン受容体CCR7も発現していない。TCRhighHSAlowQa-2+CCR7+型の成熟T細胞へと更なる成熟をとげることで、T細胞は胸腺から血流循環へと移出していく。

末梢T細胞の動態・維持・分化

 胸腺から移出したT細胞は、抗原刺激を未だ受けていないという意味でナイーブT細胞(naive T cell)とよばれる。ナイーブ(=無知、未経験)のT細胞はどのように維持・活性化され、免疫応答を担うのだろうか。

1.T細胞の二次リンパ組織へのホーミング

 血流を循環するナイーブT細胞はリンパ節へと移入(ホーミング)することで免疫応答にあずかる。ホーミングはリンパ節のhigh endothelial venule (HEV)にて起こり、循環してきたT細胞はCCR7ケモカインやインテグリンファミリーLFA-1(CD11a/CD18)などの接着因子を介してHEVへと接触・接着し、リンパ節組織内へと入る。リンパ節内ではT細胞は主にperiarterial lymphatic sheath (PALS)とよばれる領域へと移住する。CCR7欠損マウスなどでの知見から、リンパ節移入はT細胞による免疫応答惹起に必須であることが示されている。

2.T細胞の維持

 リンパ節内でナイーブT細胞は、各リンパ節の担当所属組織から移入してきた樹状細胞と接触を繰り返す。この接触で、T細胞上のTCRは樹状細胞上のMHCリガンドと極めて弱い相互作用をもつといわれる。ピッタリの結婚相手を探して繰り返される見合いや、容疑者特定を目指して繰り返される指紋照合などに喩えることもできるが、このようなTCRとMHCリガンドとの「弱い相互作用」はナイーブT細胞の生存維持に必須である(図14)。実際、T細胞はTCR相互作用が全くできない環境(例えばMHC欠損生体内)におかれると生存を維持することができず早期に死滅する。成熟Tリンパ球において生存維持のための弱いTCR相互作用および免疫応答を惹き起こす強いTCR相互作用の2種類のリガンド認識様式が存在することは、幼若Tリンパ球において生存を維持し分化を支持する正の選択および細胞死をもたらす負の選択の2種類の異なるTCRリガンド相互作用様式が存在することに相似すると考えられる。

3.T細胞の活性化

 このような弱い相互作用を繰り返すなかで、T細胞自身のTCR認識特異性に合致したリガンド(外来微生物由来などの非自己ペプチドとMHCとの複合体)と出会ったT細胞は、樹状細胞やマクロファージなど抗原提示細胞とのあいだで膜raft会合シグナル伝達分子の集積を伴う強固な会合を形成する。このような細胞間情報伝達の場は免疫シナプス(immune synapse)とよばれる(図15)。

 免疫シナプスでT細胞は、TCRシグナルばかりでなくCD28などの細胞表面分子(TCRと協調するという意味でco-receptorとよばれる)を介したシグナルを惹起し、細胞内ではNF-AT経路、MAPK/AP-1経路、NFκB経路、PI3K/Akt経路などを介したシグナル伝達を経て、遺伝子発現制御へと至る。その結果、IL-2およびIL-2 receptorの発現に基づくautocrine増殖シグナルを伴う活性化がもたらされる。

4.Th1とTh2

 抗原によって活性化され増殖期に入ったT細胞は、増殖を繰り返すなかで機能発現に向けた分化を開始する。CD4T細胞の場合は主にTh1またはTh2へ、CD8T細胞の場合は主にキラーT細胞への分化である。CD4T細胞においては、活性化T細胞(Th0ともよばれる)がTh1へと分化方向を決定するシグナル伝達経路としては、γIFNを介したStat1シグナルやIL-18を介したNfκBシグナルおよび転写因子T-betがしられている一方、Th2へと分化方向を決定するシグナル伝達分子としては、IL-4を介したStat6シグナルや転写因子のc-mafやGATA-3がしられている。これらのシグナル伝達をうけてT細胞は、マクロファージ活性化または抗体産生あるいは標的細胞障害といった免疫応答をひきおこす。

5.T細胞メモリー

 免疫記憶は、JennerやPasteurによるワクチン発見の基盤ともなった免疫システムの大きな特徴のひとつである。麻疹や風疹に対する予防接種の終生有効性は免疫記憶の好例である。免疫記憶は、抗原提示細胞による当該抗原の長期提示や高親和性抗体の出現を含め複数の機構から成立しているが、長期生存T細胞によるメモリーの関与もしられている。

 T細胞メモリーの機構は以下のように理解されている。機能性T細胞の多くは、機能発現ののちCD95(Fas)とCD95 ligandのいずれをも自ら発現しアポトーシスシグナルによって自殺する。こうして免疫応答の終結は能動的にもたらされる。しかし、一部の活性化T細胞は生き残り、メモリーT細胞として長期生存する。メモリーT細胞はすでに活性化過程で増殖しており、特定の抗原認識特異性を示すT細胞はもともと10万分の1以下といわれる頻度にくらべて数百倍ほども増えているという。メモリーT細胞は高い頻度で長期生存するばかりでなく、ナイーブT細胞よりもCD11a/CD18やCD58といった接着分子を高レベルで発現するなど、抗原との再会によって迅速で大きな免疫応答を誘導できる性質を獲得している。

文献

1. C.A. Janeway Jr., et al. Immunobiology. 5th edition. Garland Publishing, New York, 2001.

2. R.A. Goldsby, et al. Kuby Immunology 4th edition. Freeman and Company, New York, 2000.

3. M.E. Call, et al. The organizing principle in the formation of the T cell receptor-CD3 complex. Cell 111: 967-979, 2002.

4. M.A. Ritter and R.L. Boyd. Development in the thymus: it takes two to tango. Immunol. Today 14:462-469, 1993.

5. W. van Ewijk, et al. Crosstalk in the mouse thymus. Immunol. Today 15:214-217, 1994.

6. H.J. Fehling and H. von Boehmer. Early ab T cell development in the thymus of normal and genetically altered mice. Curr. Op. Immunol. 9:263-275, 1997.

7. G. Anderson, et al. Cellular interactions in thymocyte development. Annu. Rev. Immunol. 14:73-99, 1996.

8. H. Spits. Development of ab T cells in the human thymus. Nature Rev. Immunol. 2:760-772, 2002.

9. S.C. Jameson, et al. Positive selection of thymocytes. Annu. Rev. Immunol. 13:93-126, 1995.

10. J. Sprent and D.F. Tough. T cell death and memory. Science 293: 245-248, 2001.

11. S.K. Bromley, et al. The immune synapse. Annu. Rev. Immunol. 19:375-396, 2001.


ニュースのページに戻る

高浜研究室ホームページへ

Last updated: May 30, 2003 by Yousuke Takahama