2000年4月 蛋白質核酸酵素に執筆した文章を一部改変 (高浜洋介;図はリクエストに応じてお送りします)
幼若Tリンパ球の生と死を決定づけるシグナル伝達
要約
免疫担当細胞の司令塔として「自己と非自己」の識別と「非自己」の排除を担うTリンパ球は胸腺内で成熟する。Tリンパ球の胸腺内分化という細胞分化システムは、細胞の分化方向決定や生体内移動など興味深いテーマを包含する研究材料であるが、なかでも発現する抗原認識特異性に従って個々の幼若Tリンパ球の生死運命が決定される「クローン選択」とよばれる分化制御は、細胞の運命が多様な外部情報の質と量に応じて精緻に決定される、極めて興味深い生体高次制御システムである。幼若Tリンパ球のクローン選択において、単一レセプターへの異なる刺激はどのようにして細胞の生と死を規定するのだろうか?まだまだ未知の部分の多いシグナル分岐の謎に迫る、クローン選択研究の動向を最新の知見も含めて解説する。
若きTリンパ球の悩み:To be, or not to be.
未熟なTリンパ球は胸腺内で成熟する。胸腺内でのTリンパ球分化過程は複数のイベントから構成されるが、抗原レセプター(T cell receptor;TCR)の発現とTCRの認識特異性に従った個々の細胞の運命選別は、Tリンパ球に特徴的なイベントであり、興味深い。
TCRは、α鎖とβ鎖のヘテロ2量体とζ鎖ホモ2量体、そしてγ鎖δ鎖ε鎖から成るCD3複合体の合計6種類10本のポリペプチドによって構成される糖タンパク複合体である(図1)(1)。TCRはTリンパ球に発現される抗原認識分子であり、TCRを発現する細胞がT細胞として定義される。Tリンパ球系の前駆細胞は胸腺に移住したのちにTCR構成鎖を順次発現し、一般にdouble-positive期とよばれる細胞分化段階にて6種類すべての構成鎖の発現を完了し、細胞表面に機能的TCRを発現するようになる(2)。
TCR構成鎖のうち、α鎖とβ鎖はアミノ末端に抗原認識にあずかる可変構造部を有する。これらの可変構造は、それぞれの可変部をコードする遺伝子断片の再構成によって生み出される。それゆえ個々のTリンパ球は、個々の細胞内で生み出された任意の可変部を持つTCRを発現する。このとき、β鎖は遺伝子の再構成と発現のレベルで、α鎖はβ鎖とのヘテロ2量体の安定性というタンパク質レベルで、それぞれ対立遺伝子排除(allelic exclusion)を成立させる(3,4)。そのため、1個のTリンパ球が発現するTCR分子種は殆どの場合α鎖もβ鎖も1種類である。すなわち、大多数のTリンパ球はただ1種類だけの認識特異性を有し、生体内のTリンパ球とは単一特異性を有するTリンパ球クローンの集合とみなせる。
ここで特筆すべきことに、TCR可変構造部の遺伝子再構成はゲノム構造のダイナミックで不可逆的な変更であり、それ自体は核内で起こる反応である。すなわち、個々の幼若Tリンパ球は、細胞表面上にTCR分子複合体を発現するまで、自らの発現する抗原認識特異性を感知することは不可能である。その結果、double-positive期の幼若Tリンパ球が発現するTCRは、生体にとって有用な認識特異性を示す場合もあるが、同様に、生体にとって有害な認識特異性を示したり、あるいは生体にとって無用な特異性を示す場合もある。例えば「生体を構成する自己成分」に対して強い反応性を有するTCR発現を獲得してしまったTリンパ球は、自己組織を破壊する能力を有することになり、生体にとっては極めて危険な細胞である。
このように「自己・非自己の識別」というバイアスが確立されていないdouble-positiveTリンパ球の初期レパートリーは、個々のクローンの抗原認識特異性に応じて細胞生死の選別を受けることになる。すなわち、自己リガンドに強く反応してしまう有害なTCR特異性のクローンは排除され、一方、外来抗原に対して認識特異性を示しうるようなリガンド反応性の有用なクローンは成熟Tリンパ球へと分化を誘導される。また、全くリガンド反応性を示さないクローンは無用の細胞として、やはり排除されてしまう。このように、幼若なTリンパ球は、各クローンが発現するTCRの認識特異性に応じて選別される。成熟Tリンパ球集団が「自己と非自己の識別」という性質を有するのは、このような「クローン選択(clonal selection)」によるレパートリーのバイアス形成に起因する(図2)。クローン選択のうち、TCR反応性に応じて細胞が生存分化を誘導される過程を「正の選択(positive selection)」、TCR反応性に応じて細胞が排除される過程を「負の選択(negative selection)」と称する。
このとき最もおもしろいのは、細胞の生と死という全く正反対の運命がもたらされる正と負の選択は、いずれもTCRという1種類のレセプターからのリガンド信号による分化制御であるという点である。自己リガンドとの相互作用の様式によってTCR信号は、どのようにして細胞の「有用性」または「有害性」を識別し、結果として細胞生死運命の分岐を決定できるのだろうか?TCRを発現したばかりの「若きTリンパ球」が「生きるべきか死ぬべきか」という大問題に直面したとき、彼の中ではいったい何が起こるのだろうか?(5-7)
Tリンパ球のクローン選択を運命づける分子シグナルの解析は、細胞分化過程における生死運命決定や分化方向決定といった、高次生命現象の基礎を司る分子機構に直接問いかける大変興味深い科学と位置づけられる。それはまた同時に、自己免疫疾患や移植拒絶反応といった、自己・非自己識別の異常に基づく病態の理解と治療法の開発に向けて必須の基礎知識を提供する。
TCRによるシグナル伝達:This is great. But, I'm not the JURKAT.
正と負のクローン選択を誘導するTCRシグナルを理解しようとするとき最も参考になるのが、成熟Tリンパ球での免疫応答を理解すべく進められているTCRシグナルに関する解析知見である。なかでも、ヒトTリンパ球株JURKATなど成熟Tリンパ球由来の培養株を用いて、TCR刺激によって惹き起こされる増殖因子インターロイキン2遺伝子の活性化や細胞質内カルシウムイオン濃度の上昇などを指標に、TCRの下流シグナルを担う細胞内分子が同定・解析されてきた結果は、クローン選択を誘導するTCRシグナルを理解する上でたいへん有用である。
成熟Tリンパ球でのTCRシグナルによるインターロイキン2遺伝子活性化機構は、おおむね次のように理解されている(図3)(8-11)。すなわち、抗原複合体リガンドと相互作用したTCR複合体においてはまず、その細胞内領域に複数存在するITAM (immunoreceptor tyrosine-based activation motif) モチーフが、SrcファミリーのチロシンキナーゼLckによってチロシンリン酸化される。リン酸化されたITAMには、SykファミリーのチロシンキナーゼZAP-70がSH2ドメインを介して会合して活性化される。ZAP-70の活性化はアダプター分子LATのチロシンリン酸化を惹き起こし、リン酸化LAT結合性のグアニンヌクレオチド交換因子の膜への局在をもたらす。その結果、Gタンパク質RasがGTP結合型となりRaf1を活性化する。Raf1の活性化はMKK1/2の活性化と、それに引き続くERK1/2活性化を惹き起こす。ERK1/2の活性化はElk-1などのリン酸化を介してc-Junやc-Fosを誘導し、転写因子複合体AP-1活性化へと至る。
並行して、ZAP-70の活性化は分子LATのチロシンリン酸化を介してホスホリパーゼC-γ1の活性化を惹き起こしてホスホイノシトール2リン酸の加水分解によりジアシルグリセロールとイノシトール3リン酸の産生をもたらす。ジアシルグリセロールはプロテインキナーゼCを活性化して、転写因子NFkBやRasの活性化を惹き起こす。一方、イノシトール3リン酸は粗面小胞体膜上のカルシウムチャンネルに作用して細胞質内のカルシウムイオン濃度を上昇させる。カルシウムイオン濃度の上昇は、カルモジュリンの活性化と、それに引き続くカルシニューリンの活性化を惹き起こす。カルシニューリンの活性化は転写因子NF-ATを脱リン酸化して核内への移動を促すとともに、NF-ATと核外輸送タンパクCrm1の結合を阻害することによってNF-ATの核内保持をもたらす。
このように核内に蓄積されたAP-1とNF-ATは、インターロイキン2遺伝子の転写調節領域に結合して協調的にインターロイキン2遺伝子の発現を促進する。更に、上記シグナル経路のほか、SLP-76、Vav、Cbl、Gab2、STAT5、Itk、Bcl-2などの分子もTCRシグナルの伝達に関与することが、やはり殆どの場合、成熟Tリンパ球株を材料に示されている。このように成熟Tリンパ球では、TCR刺激によって複数の下流シグナル経路が発動して協調し、増殖へと至ることが明らかにされている。
しかし、上記TCRシグナルの解析結果のほとんどは、JURKATなど特定の成熟Tリンパ球株を用いて、インターロイキン2遺伝子の転写活性など特定の指標をもとに得られた知見および推論であることに注意しなければならない。幼若Tリンパ球の生死運命シグナルが全く同様のシグナルを介しているかどうかすら、幼若Tリンパ球を対象にして解析してみないかぎり不明なのである。なぜなら、たとえ同じTCRを介したシグナル伝達であったとしても、幼若Tリンパ球のクローン選択において惹き起こされる応答はインターロイキン2による増殖とは全く異なる細胞分化や細胞死であるし、何より、インターロイキン2遺伝子の活性化シグナルは、リガンド相互作用の種類に従って細胞分化と細胞死が振り分けられるようなシグナル分岐の謎を全く解き明かさないからである。
実際、最近のプロテインキナーゼCθ欠損マウスの解析は、成熟Tリンパ球におけるTCRシグナルとクローン選択を含めた幼若Tリンパ球の分化を制御するTCRシグナルとが同一でないことを如実に示している。すなわち、プロテインキナーゼCθを発現しないノックアウトマウスでは、成熟Tリンパ球のTCRを介したNFkB活性化は著しく障碍されているのに、クローン選択を含めたTリンパ球分化や幼若Tリンパ球のNFkB活性化には著明な影響が見られないことが示された(12)。同じTCRシグナルといっても、成熟Tリンパ球で関与する分子は必ずしも幼若Tリンパ球において関与することを意味しないし、むしろ幼若Tリンパ球でのシグナル伝達をつまびらかにすることによって、成熟Tリンパ球での解析からは窺い知ることもできなかった発見が得られる可能性もあるのである。
幼若Tリンパ球への遺伝子導入:Welcome to the real world.
それでは、幼若Tリンパ球においてクローン選択を惹き起こすシグナル伝達機構は、どのように解析していけばいいだろうか?TCRシグナルを伝達して形質の変化が認められる幼若Tリンパ球株 (DPKなど)が有用なモデルとなるとの報告もある(13)が、クローン選択におけるシグナル伝達の解析には、何といっても胸腺内で分化途上の幼若Tリンパ球内で任意の遺伝子の発現を誘導または抑制する技術を用いて解析を進めることが重要である。この目的でこれまで最も頻用されているのが、トランスジーン技術やノックアウト技術といった胚細胞を対象とした遺伝子導入技術である。これら発生工学的手法はさまざまな改良を加えつつ大きな成果をもたらしているが、同時に、動物個体を用いた解析であるため、@1つ1つの細胞分化プロセスを直接解析する分解能に欠け、A系統樹立や交配に多大な時間と経費がかかる上、B倫理的観点から動物個体の遺伝子組換えは今後可能な限り回避が模索されるべきであるなどといった問題があることも考慮していく必要がある。
一方、歴史的にも頻用され信頼性の高いTリンパ球分化解析系に、胎仔胸腺器官培養法 (fetal thymus organ culture; FTOC)がある。FTOCはTリンパ球分化に限局した生体外解析系であるため、@容易に任意の刺激を加えることができ、A解析に要する時間も短く経費も小さい上、B実験動物への負担を最小に抑えることができるいった利点があり、これまでにも薬剤や抗体の培養への添加実験においてTリンパ球分化機構の解析に貢献してきた。しかし、幼若Tリンパ球への遺伝子導入が技術的に困難であったためFTOC内で任意の遺伝子発現を誘導・制御する手法の開発は遅れていた。
近年、FTOC内の幼若Tリンパ球への効率よい体細胞遺伝子導入法の改良開発を進めることによって、胸腺内でまさに起こっている個々の細胞の運命決定を直接トレースする技術の開発が進められ、Tリンパ球分化プロセスの鮮明で総合的な解析への利用が容易になってきた。私達も数年前に、幼若Tリンパ球の分化能を保持しつつ生存と細胞周期回転を支える増殖因子interleukin-7の存在下で高力価のレトロウイルスを感染させることによって、40%以上の幼若Tリンパ球に任意の遺伝子を発現させる手法を開発した(図4)(14)。任意の導入遺伝子とともに、内在リボソーム挿入配列(internal ribosomal entry site)を利用してクラゲ蛍光タンパク(green fluorescence protein)を共発現させることによって、遺伝子導入細胞を蛍光標識し、蛍光強度を指標にflow cytometryにて導入遺伝子発現細胞をほぼ100%の純度で単離精製することができる。その結果、精製した幼若Tリンパ球をFTOCによる胸腺環境に注入することによって、任意の外来遺伝子を導入・発現したTリンパ球の胸腺内分化をトレースすることができた(14-18)。
このように、胚細胞を対象とするばかりでなく、分化能を保持したままの幼若Tリンパ球に対して任意の遺伝子を導入して発現させる技術が開発されたことによって、今後更に、Tリンパ球の胸腺内分化を制御する分子機構の鮮明な理解が得られることが期待される。
クローン選択を惹起するTCRシグナルとMAPキナーゼ:MKK1, who?
胸腺内での正の選択と負の選択は、自己反応性と外来反応性といったTCRの可変部構造の違いにのみによって、胸腺細胞の運命を全く変えてしまうという、極めて精密な分化制御である。同じTCR分子を介した信号なのに、異なる様式のリガンド相互作用は、いったいどのようにして未熟な胸腺細胞の運命を全く正反対に変えてしまうのだろうか。リガンドとTCRの相互作用という観点からは、Tリンパ球の正の選択と負の選択は、TCRに対する抗原リガンド複合体の親和性およびTCRの凝集程度の差異に起因すると示されている(図5)。すなわち、正の選択を惹き起こすTCR刺激は、成熟Tリンパ球の活性化や負の選択を誘導するTCR刺激に比べて、低い親和性のリガンド相互作用および低い程度のTCR凝集を要求する(19-22)。
それでは、異なる親和性のリガンドによって与えられる異なる凝集程度のTCR刺激は、どのようにして幼若Tリンパ球内で異なるシグナルへと分岐して、最終的に生死の異なる運命へと細胞を導くのだろうか?この疑問を解くのは一見容易に感じられるかもしれないが、これら生死運命はいずれもTCRという1つの表面受容体によって惹起されることもあり、シグナル分岐機構の解明は現状では容易ではない。実際、ノックアウトマウスの作製によって進められているTCR直下のシグナル伝達分子の解析は、この疑問の解決が一筋縄ではいかないことを示してきた。例えば、TCRに会合するチロシンキナーゼZAP-70の欠損マウスでは正の選択も負の選択も停滞しており、ZAP-70は正の選択の誘導にも負の選択の誘導にも関与する(23)。一方、ZAP-70の基質であるLATやSLP-76のノックアウトマウスでは、Tリンパ球分化がクローン選択よりも早い時期で停滞してしまい、これらの分子がクローン選択以前の分化過程に関与することはわかったが、これらの分子のクローン選択における関与は不明のまま残されている(24,25)。また、精製した幼若Tリンパ球を対象に、試験管内で正と負の選択を誘導するTCR刺激を模倣したとき、これらレセプター直下の動態に大きな差異が認められないと報告されている(26)。このように、レセプター直下での関与が強く考えられるシグナル伝達分子の解析は、それらのクローン選択における関与に差異があるのかどうかはもちろん、クローン選択への関与があるのかどうかすらも明らかではないし、現状ではその解析は技術的にも容易ではない。
しかし、更に下流のシグナル伝達分子の解析は、正の選択と負の選択を特徴づけるシグナル本態の理解に光を与えてきた。とりわけ、ERK-MAPキナーゼ経路は、負の選択誘導シグナルに比して正の選択誘導シグナルへの依存性が高いとの報告が相次いでなされており、注目に値する。まず、Alberola-Ilaらは不活性型MAPキナーゼキナーゼ(MKK1)を胸腺Tリンパ球特異的に発現するトランスジェニックマウスを作製し、このマウスでは正の選択の効率が著しく悪くなる一方、負の選択は殆ど影響を受けないことを見出した(27)。この先駆的な解析結果は、正の選択は負の選択に比してMKK1への依存性が高い可能性をはじめて示唆したものであり、この可能性は後にMKK1特異的阻害剤PD98059をFTOCに添加する私達の実験からも支持された(15)。また、ドミナントネガティブに作用する不活性型Rasあるいは不活性型Raf-1をトランスジーンによって幼若Tリンパ球に発現させる実験からも不活性型MKK1トランスジェニックマウスと同様の正の選択に優先的な阻害結果が報告された(28,29)。更に、ERK1欠損ノックアウトマウスにおいて正の選択過程の阻害が観察されたことからも(30)、Ras→Raf-1→MKK1→ERK1から構成されるERK-MAPキナーゼ信号伝達経路が正の選択誘導に優先的に関与することが示唆された。
加えて私達は、活性化型MKK1をレトロウイルスを用いて未熟な胎仔胸腺細胞へ遺伝子導入することによって、MKK1の活性化が正の選択誘導信号の代替に十分であることを示した。具体的には、TCRα鎖を欠損した胸腺細胞はクローン選択信号を惹起できず、Tリンパ球分化はdouble-positive期で停滞しているが、このマウスの未熟胸腺細胞に活性化型MKK1を導入してFTOC内での分化能を測定したところ、成熟Tリンパ球の性状を持った細胞の出現回復が観察された(15)。また、恒常的活性化型Rasを幼若DPK細胞株へ導入すると正の選択に伴う細胞応答の誘導が観察されるとの報告もある(31)。これらの結果より、幼若胸腺細胞におけるERK-MAPキナーゼ経路の活性化は正の選択の誘導するTCRシグナルの伝達に必要かつ十分である可能性が示唆された。
しかしこれらの結果は厳密には、正の選択を誘導するTCRシグナルにERK-MAPキナーゼ経路の活性化が選択的に関与し、負の選択誘導シグナルにはERK-MAPキナーゼ経路が関与しないことを明らかにしていない。例えば、負の選択を誘導するTCRシグナルも正の選択を誘導するTCRシグナルも、いずれもERK-MAPキナーゼ経路を介して伝達されるとしても、負の選択を誘導するTCRシグナルが量的に強い場合は、ドミナントネガティブ分子や薬剤による阻害や活性化型RasやMKK1の導入は、正の選択誘導プロセスにより顕著に影響して観察される。この可能性は、負の選択を惹き起こすTCRリガンド刺激は正の選択の誘導刺激に比べて親和性も高く、強いTCR凝集を惹き起こすことから、可能性として十分考えられる。ERK-MAPキナーゼ経路の活性化が負の選択誘導シグナルに関与するのかしないのかは、今後厳密に解析されねばならない。最近、高濃度のPD98059が負の選択誘導過程を阻害するとの興味深い報告がなされているが(32,33)、使用された濃度が高濃度(25~50mM)なので観察された阻害が真にMKK1特異的阻害といえるかどうかは不明である。
負の選択をもたらすTCRシグナルとp38キナーゼ:Are you the One?
正の選択を誘導するTCRシグナルにERK-MAPキナーゼ経路が比較的優先的に関与するとして、では負の選択を特徴づけるシグナルはどんな分子群だろうか?過去に、TNFレセプターファミリーの細胞表面分子CD30やCD40が胸腺内の幼若Tリンパ球の細胞死に関与するとか(34, 35)、サイクリン依存性キナーゼCdk2が幼若Tリンパ球のアポトーシス誘導に関与するなど(36)、負の選択と関連を示唆するデータもいくつか蓄積されているが、特定のシグナル伝達経路と負の選択誘導シグナルとの決定的な関与は明らかにされていなかった。また、Bcl-2の過剰発現マウスで負の選択による自己反応性Tリンパ球の排除がほぼ正常にみられたり(37)、caspase阻害剤の存在下でも幼若Tリンパ球のTCR刺激による細胞死は阻害されないなど(38)の報告から、caspase経路によるアポトーシス誘導シグナルの負の選択への関与も、否定的あるいは不明瞭である。
それではいったいどのようなシグナルが負の選択誘導に関与するのだろうか?数年前にこの問題に取り組むとき私達は、正の選択誘導シグナルへの関与が示唆されたMAPキナーゼのホモログ群に注目した。折しも神経細胞株PC-12を用いた解析から、ERK-MAPキナーゼ経路の活性化が細胞の増殖と分化に関与するとき、JNK-MAPキナーゼ経路やp38-MAPキナーゼ経路の活性化が細胞のアポトーシスに関与することが報告されていた(39)。そこでまず、MAPキナーゼホモログのひとつp38キナーゼの特異的阻害剤SB203580をFTOCに添加してTリンパ球分化への影響を調べた。その結果、SB203580は正の選択による成熟Tリンパ球の生成を阻害せず、負の選択によるdouble-positive細胞のアポトーシス誘導を抑制した(15)。また、p38キナーゼを選択的にリン酸化して活性化するキナーゼMKK6を正常胸腺細胞あるいはTCRα欠損胸腺細胞へとレトロウイルスを用いて導入しFTOC内での細胞分化を観察したところ、double-positiveTリンパ球以降の分化段階の細胞に著明な減少が観察された(15)。一方、MKK6とともにp38キナーゼを活性化するMKK3のノックアウトマウスでは、マクロファージなどでのサイトカイン産生低下が見られたものの、Tリンパ球分化への影響が認められなかった(40)。これらの結果から、幼若Tリンパ球の負の選択誘導にはp38キナーゼの活性化が関与すること、負の選択誘導シグナルにおけるp38キナーゼの活性化は主にMKK6によって担われている可能性が示唆された。すなわち、MKK1とERKキナーゼを介した信号が正の選択誘導に選択的に関与するのに対して、MKK6とp38キナーゼを介した信号が負の選択誘導に選択的に関与すること、そして正と負のクローン選択における生と死の運命決定は異なるMAPキナーゼ経路を介するという可能性が提示された。
その後、Rinconらは活性化型MKK6をTリンパ球系で過剰発現するトランスジェニックマウスを作製して、このマウスのTリンパ球分化がdouble-positive期直前までで停止していることを観察し(41)、p38キナーゼの活性化がdouble-positive幼若Tリンパ球の負の選択による排除に関与する可能性を支持した。p38キナーゼは少なくとも4種類の分子種から成る分子群であり(42)、かつp38キナーゼαの欠損マウスは胎齢初期で致死なので(43)、p38キナーゼの欠損が負の選択の誘導を抑制するかを解析することは容易でないが、現在Rinconらと私達は共同で、不活性型ドミナントネガティブp38キナーゼの過剰発現マウスにおけるTリンパ球分化の解析を進めている。
ところで、MAPキナーゼ経路のうち、もうひとつのJNKキナーゼ経路はクローン選択にどのように関与するだろうか? JNKを活性化するキナーゼMKK4の欠損マウスは胎齢初期で致死のためMKK4欠損ES細胞をRAG2マウスに移入する実験がなされている(44,45)。仁科らはES由来のdouble-positiveTリンパ球の絶対数が減少したうえ、TCR刺激によるアポトーシス感受性が亢進していることを観察し、MKK4がTリンパ球分化における生存シグナル伝達に関与しているとの可能性を提示した(44)。ところが、Swatらが作成したMKK4-/-RAG2-/-キメラマウスではそのようなTリンパ球分化の異常は認められないと報告されている(45)。一方、JNK1およびJNK2の欠損マウスによる解析は、末梢成熟Tリンパ球の機能分化においてそれぞれJNK1はTh2、JNK2はTh1への分化に必要であることを明らかにしたが、いずれのマウスでもTリンパ球の胸腺内分化に著明な異常は認められていない(46,47)。これらの結果から、JNKのカスケードは胸腺でのTリンパ球のクローン選択には大きく関与しない可能性が考えられるが、肯定的なデータも報告されており(48)、厳密に関与が否定されたわけではない。
再び「生きるべきか死ぬべきか」:Here comes mature T lympocytes, again!
このように、Tリンパ球の正と負の選択における細胞の生死は、異なるMAPキナーゼ経路を介して伝達されることが明らかになってきており、クローン選択における細胞生死をそれぞれ担う細胞内信号伝達経路は少しづつだが着実に解明されつつある。しかし依然として、TCRへの異なるリガンド刺激がどのようにして、異なるシグナル伝達経路へと分岐・分配されていくのかはまだよくわかっていない。
シグナル分岐の機構を明らかにしようとする研究の方向性を考える時、興味深い可能性が2つ成熟Tリンパ球から提起されているので紹介したい。まずKershらは、成熟Tリンパ球株を用いた実験から、TCRに対するリガンド性状の差異によってTCRζ鎖のリン酸化の程度が異なること、そのとき部分的にリン酸化される際のチロシン残基には特定のパターンが存在することを示し、リガンド性状によって細胞質内基質のリン酸化には質的に異なるスペクトラムが法則的に見られることを明らかにした(50)。この結果は、相互作用のアビディティーが異なりTCRの凝集度が異なるようなリガンドは、動員されるチロシンキナーゼ活性の量的差異を経て、質的に異なるTCRζ鎖修飾を生み出す法則性を示唆して興味深い。法則的なキナーゼ基質の修飾差異が、クローン選択においてもみられるのか、また、もしそうだとすればリン酸化修飾差異がどのような下流信号の差異を生み出すことによって異なるMAPキナーゼ経路へと到るのかなど、これから解析されるべき興味は尽きない。
また最近、末梢成熟Tリンパ球のメモリー細胞としての生存を保証するシグナルの解析から、成熟Tリンパ球が生存を維持されるためには常にTCRを介したシグナルが必要であることが示され、更に成熟Tリンパ球の生存維持のためのTCRリガンドは免疫応答を惹き起こすTCRリガンドと異なり、弱いTCR相互作用を示すらしいことが明らかにされた(50, 51)。これらの観察は、幼若Tリンパ球の正の選択シグナルが成熟Tリンパ球の生存維持シグナルに酷似している可能性を示唆し、一方、幼若Tリンパ球の負の選択シグナルと成熟Tリンパ球の免疫応答惹起シグナルの相似性を想起させる。幼若Tリンパ球における正と負の選択を決定づけるTCRシグナルを理解する上で興味深い、成熟Tリンパ球におけるTCRシグナルの多様性である(図6)。
一方、私達は、負の選択誘導にMKK6とp38キナーゼの活性化が優先的に関与することを明らかにしてきた経緯をもとに、負の選択においてどのようなシグナルがMKK6の活性化に至るのか解明すべく、負の選択を誘導するTCRシグナルに関与するMKKKの動態解析を進めており、とりわけASK1キナーゼの関与に注目して一條らと共同研究を進めている。
ここに挙げた方向性のうち、いずれかひとつでもクローン選択における細胞運命の分岐決定機構の理解に貢献するか不明であるが、Tリンパ球の「自己・非自己の識別」を支える分子機構の理解にむけて、クローン選択において生死決定の分岐を決定づける信号伝達機構の解明は重要である。クローン選択を含めたTリンパ球分化の全容を理解することによって、任意の特異性を持ったTリンパ球クローンの分化を縦横に制御し、そのことによって、私達人類の直面している多くの問題、とりわけ感染症・自己免疫疾患・アレルギー・免疫不全などといった免疫病に対して、ダイナミックな治療的制御が可能になると考えられる。また、臓器移植や遺伝子治療といった現在開発途上の医療技術を確実に支える為にも、臓器やベクターなど「非自己」分子の排除に携るTリンパ球の自己・非自己識別レパトアの恣意的な構築が求められる。これらの目的のためにもTリンパ球の分化と選択の分子機構を更に詳らかにしていく努力を続けていきたい。
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