メダカを用いた胸腺器官発生機構の研究(リンパ学の原稿より改変;図はリクエストに応じてお送りします)


岩波礼将、高浜洋介

 

 Bリンパ球の産生する抗体やTリンパ球によって担われる獲得免疫系は無顎類を除く脊椎動物に共通して備わっている (1)。とはいえ、サメなどの軟骨魚類では抗原受容体遺伝子再編成の際に多様性を獲得できず、魚類においては免疫グロブリンのクラススイッチが見られず、また鳥類やウサギなどでは遺伝子再編成に加えて遺伝子変換 (gene conversion) が起こるなど、多くの種で抗原受容体の産生においてヒトと異なる機構を備えている。特に脊椎動物の中で哺乳類と大きく分岐している魚類は、免疫器官に関しても哺乳類といくらか異なっている。魚類は骨髄を持たず、造血とBリンパ球分化は成魚では前腎(頭腎)でおこる。またリンパ節を持たず、二次免疫応答の場も哺乳類と異なると考えられる。それに対して、Tリンパ球成熟の場としての胸腺は、魚類から哺乳類に至るまでその機能を維持している。ここでは以下、胸腺器官発生研究に小型魚類、特にメダカを用いる利点を述べ、われわれのこれまでの研究について紹介する。

 

免疫システム発生研究のモデル生物としてのメダカ

 われわれヒトの様々な生命現象に必須の遺伝子に関する知識の多くは、遺伝子機能に異常を持つ患者の病態やモデル生物の変異体の表現型解析とそれに続く責任遺伝子の同定の過程を経る順遺伝学的手法により明らかになってきた。各々の細胞の生存維持や増殖などは大腸菌や酵母などを用いて、脊椎動物と無脊椎動物に共通した発生、生殖機構などは線虫やショウジョウバエなどを用いて研究されてきた。近年、小型魚類モデルとしてゼブラフィッシュを用いた大規模な ethylnitrosourea (ENU) 誘発変異体パネルの作製が行われ、脊椎動物固有の生命システムも含めた変異体の収集とその責任遺伝子の同定が進められている (2, 3)。一方、われわれを含めた日本のグループは、メダカを用いたゲノムワイドな変異体収集を行い、責任遺伝子の同定を目指している (4)。最近マウスを用いたENU誘発変異体作製が莫大な予算を投じて始められているが、ゼブラフィッシュやメダカなどの小型魚類には研究対象としての利点がある。それらについて以下に述べる。

 まず、小型魚類は狭いスペースで維持でき多産であるので遺伝学に必要な多くの個体の解析が容易である。また、卵生で母体外にて発生し、かつ胚が透明であるので、胚期の発生過程の経時的な観察が可能である。またゲノムサイズがゼブラフィッシュではヒトやマウスの約半分 (1.7Mb)、メダカではさらに半分 (0.8Mb) しかなく、それらのゲノムプロジェクトはほぼ完結しつつあり、遺伝学的解析に適したモデル動物として確立している。上述のように、魚類では獲得免疫系が哺乳類と同様に備わっており、特に胸腺やTリンパ球の発生に関しては、哺乳類で関わっていることの知られている遺伝子オーソログがゼブラフィッシュやメダカでも相同な発現パターンを示すことが知られている (5-9)。

 ゼブラフィッシュを用いた胸腺発生に関わる遺伝子の順遺伝学的解析は海外のグループにより進められているが (7, 10, 11)、われわれはメダカを用いた解析に取り組んでいる (9)。それは、種間のゲノム構造の違いにより異なる変異体や遺伝子に到達できることが期待されることや、広い温度域で生育可能なメダカを用いることで温度感受性変異体の作製も可能なためである。さらに、日本で発生学や遺伝学のモデル動物として長い歴史を持つメダカでは、複数の純系が得られていることも免疫学研究にとって有利な点である。実際、系統間の鱗移植による拒絶反応に関する研究も行われている (12)。またゲノム配列の大きく異なる複数の純系が樹立されていることは、ポジショナルクローニングによる遺伝子同定にも有利である (13)。

 小型魚類のもうひとつの利点は、胚操作の容易さである。初期胚へのトランスジェネシスやRNAインジェクションによる遺伝子強制発現や、アンチセンスオリゴRNA (morpholino) インジェクションによる遺伝子ノックダウンのin vivoでの効果を観察することができる。下にも述べるが、蛍光タンパクを発現させることによりラベルした細胞の生体内での挙動を追跡することもできる。

 

メダカを用いた胸腺発生の分子機序解明の試み

 胸腺原基は主に第3咽頭嚢内胚葉より発生し、移動してきた神経冠細胞と相互作用しながら形成される (14, 15)。このときの咽頭弓外胚葉の関与についてはこれまで議論がなされてきたが、近年は否定されつつある (16-18)。その後の胸腺の機能獲得、皮質髄質構造の形成にはT前駆細胞との相互作用が必要である。このように、胸腺器官発生には由来の異なる細胞群の相互作用が必要であるが、こういった相互作用や細胞の分化誘導に関わる遺伝子についての知見はあまり得られていない。これまでヌードマウスの責任遺伝子としてfoxn1 (19)、DiGeorge症候群の責任遺伝子の1つとしてtbx1が同定され (20)、咽頭域のパターン形成と咽頭嚢からの胸腺原基の分化にhoxa3-pax1/9-eya1-six1経路が必要とされているが (14, 15)、より決定的な遺伝子の存在の可能性もあり、分子メカニズムの包括的な理解には至っていない。

 われわれは、胸腺発生に必要な遺伝子を網羅的に収集するために、胸腺発生異常メダカ変異体の作製を行った (9)。ENU処理により生殖系列のゲノム中にランダムに点変異を導入したオスのメダカを掛け合わせて、F3世代で変異をホモで持つ胚を得て表現型を解析し、胸腺発生に異常を示す劣性変異体をスクリーニングした。メダカrag1 (recombination-activating gene 1) のアンチセンスRNAプローブを用いた whole-mount in situ hybridization によって胚の胸腺内Tリンパ球を可視化することにより、胸腺発生異常個体を識別した (図2)。メダカゲノムの約60%を網羅する538の F2ファミリーをスクリーニングし、胸腺でのrag1遺伝子の発現に異常を示す劣性変異体22系統を樹立した (図3)。咽頭弓の形成は胸腺の発生にとって必須である。そこで、変異体を咽頭弓の形成異常の度合いにしたがって3つのクラスに分類した (9)。咽頭弓形成に顕著な異常が見られない7変異体をクラス1、咽頭弓が全て存在するものの短く変形している4変異体をクラス2とした。また、咽頭弓の多くが欠失している11変異体をクラス3とした。われわれは咽頭弓形成の異常が穏やかで、比較的胸腺特異性の高い表現型を示すクラス1およびクラス2の11変異体に着目し、責任遺伝子同定のためのポジショナルクローニングを開始している。そのうち9変異体については責任遺伝子を染色体の5cM以内のゲノム領域にマップした。うち2変異体については候補遺伝子中にアミノ酸配列に変化をもたらす点変異を見いだしており、機能解析を開始したところである。

 

メダカを用いた胸腺細胞の生体内非侵襲動態解析

 上にも述べたように、蛍光ラベルした細胞の生体内動態解析は脊椎動物モデルとしての小型魚類の利点を生かした研究といえる。実際、ゼブラフィッシュにおいては移植したリンパ球の胸腺への集積の観察や白血病細胞の胸腺での増殖や転移の観察がなされてきた (21, 22)。一方、これまで胸腺内Tリンパ球の動態観察はマウスで試みられてきたが、生理的条件下での観察は実現していない。そこでわれわれは胸腺内Tリンパ球の生理的条件下での動態を明らかにする目的で、メダカrag1プロモーター下でEGFPを発現するトランスジェニックメダカを作製した。これにより胸腺内未熟Tリンパ球の非侵襲生体内での可視化が実現し、細胞挙動の解析を進めている。

 

 ヒトの免疫器官形成についての知見を得るために、哺乳類のモデルとしてマウスやラットが広く用いられている中でメダカを対象にすることは遠回りな印象を抱かれるかも知れない。確かにメダカで得られた知見は直接ヒトに適用する前にマウスなど哺乳類の動物種で追試される必要があろう。しかし、順遺伝学的アプローチや生体内細胞動態の容易などの小型魚類の利点を生かした研究には、哺乳類のモデル生物を用いた研究だけでは到達できない飛躍をもたらす力があると確信している。

 

文献

1) Litman GW, et al; : Reconstructing immune phylogeny: new perspectives. Nat Rev Immunol, 5, 566-79, 2005.
2) Haffter P, et al. The identification of genes with unique and essential functions in the development of the zebrafish, Danio rerio. Development 123,1-36, 1996.
3) Driever W, et al. A genetic screen for mutants affecting embryogenesis in zebrafish. Development 123, 37-46, 1996.
4) Furutani-Seiki M, et al. A systemic genome-wide screen for mutations affecting organogenesis in Medaka, Oryzias latipes. Mech Dev 121, 647-58, 2004.
5) Willett CE, et al. Expression of zebrafish rag genes during early development identifies the thymus. Dev Biol 182, 331-41, 1997.
6) Willett CE, et al. Ikaros expression as a marker for lymphoid progenitors during zebrafish development. Dev Dyn 222, 694-8, 2001.
7) Trede NS, et al. Fishing for lymphoid genes. Trends Immunol 22, 302-7, 2001.
8) Schorpp M, et al. A zebrafish orthologue (whnb) of the mouse nude gene is expressed in the epithelial compartment of the embryonic thymic rudiment. Mech Dev. 118, 179-85, 2002.
9) Iwanami N, et al. Mutations affecting thymus organogenesis in Medaka, Oryzias latipes. Mech Dev 121, 779-89, 2004.
10) Langenau DM, Zon LI. The zebrafish: a new model of T-cell and thymic development. Nat Rev Immunol. 5,307-17, 2005.
11) Schorpp M, et al. Genetic dissection of thymus development. Curr Top Microbiol Immunol 251, 119-24, 2000.
12) Kikuchi S, Egami N. Effects of gamma-irradiation on the rejection of transplanted scale melanophores in the teleost, Oryzias latipes. Dev Comp Immunol 7, 51-8, 1983.
13) Naruse K, et al. Medaka genomics: a bridge between mutant phenotype and gene function. Mech Dev, 121, 619-28, 2004.
14) Blackburn CC, Manley NR. Developing a new paradigm for thymus organogenesis. Nat Rev Immunol 4, 278-89, 2004.
15) Hollander G, et al. Cellular and molecular events during early thymus development. Immunol Rev in press.
16) Bennett AR, et al. Identification and characterization of thymic epithelial progenitor cells. Immunity 17,803-14, 2002.
17) Gill J, et al. Generation of a complete thymic microenvironment by MTS24(+) thymic epithelial cells. Nat Immunol 3, 635-42, 2002.
18) Gordon J, et al. Functional evidence for a single endodermal origin for the thymic epithelium. Nat Immunol 5, 546-53, 2004.
19) Nehls M, et al. New member of the winged-helix protein family disrupted in mouse and rat nude mutations. Nature. 372, 103-7, 1994.
20) Lindsay EA, et al. Tbx1 haploinsufficieny in the DiGeorge syndrome region causes aortic arch defects in mice. Nature. 410, 97-101, 2001.
21) Langenau DM, et al. In vivo tracking of T cell development, ablation, and engraftment in transgenic zebrafish. Pro Natl Acad Sci U S A 101, 7369-74,2004.
22) Langenau DM, et al. Myc-induced T cell leukemia in transgenic zebrafish. Science 299, 887-90 2003.


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Last updated: December 28, 2005 by Yousuke Takahama