行政刷新会議事業仕分け対象事業について  2009年11月25日 高浜洋介

今般の行政刷新会議の事業仕分けを支持する。この事業仕分けは、平成維新を標榜する新政府による意欲的な活動であり、既得権益にあぐらをかいていた従来政府のしがらみを脱却し、社会に開かれた新事業を新政府として打ち出していくために必要なプロセスとして、高く評価する。しかし、仕分けに選ばれた事業が次々とスケープゴートの如く無駄の烙印を押されていくのを見ていると、仕分けに選ばれていないその他の事業は前政権の既得権益と同等にぬくぬくとあぐらをかいているのではないかとの疑念が強まってくる。どの事業が仕分けに選ばれるかの選考がオープンに示されたわけではない。この不公平感が払拭されないと、事業仕分け全体が国民の支持を得ることはできない。時間がかかることをいとわず、行政刷新会議は国の事業すべてを同じ俎のうえに載せて議論すべきである。

また、事業仕分けという財政面の議論では自ずと、さして社会の役に立っているとはみえない基礎科学研究への評価は低くなる。これは当然である。しかし、この「強者生存」の論理がまさに前政権の方針であったからこそ、これまでは基礎科学研究がまともな支援をうけるためには、大して何も役に立っていない研究なのにかかわらず、いかに社会の役にたつのかなどについて無理なアピール合戦を繰り返すしか道がなかった。基礎科学者ができもしない応用をかかげ、敢えて言うならば納税者をだましつづけてきた手法は改められなければならない。同時に、政権交代を実現した今こそ、『基礎科学というものは「役に立たない」ものなのである、しかし国としてしっかりとサポートするべきものなのである』という強いメッセージが、政府からうちだされるべき好機として捉えるべきである。

「役に立たない」基礎研究が、我が国にとってしっかりとサポートするべきものだという理由は次の通りである。まず、「役に立たない」もので国家と社会が大事にしなければならないものがたくさん存在することは、乳幼児や老人はもちろん、芸術や景観などがどのくらい「役に立たない」ものであるか、しかしながらどのくらい国家にも社会にもなくてはならない性質のものであるかを考えれば明白である。基礎科学研究は、これらと同様に、まさに「役に立たない」ものであると、社会も科学者もキチンと認めるべきである。一方で、我が国が資源にも人口にも小規模である現実を見据え、我が国にとって何が今後更に発展させていかなければならない財産なのかを考えると、次世代の教育を念頭に置いた科学技術を優先順位のトップ項目のひとつとして掲げるべきであることは衆目の一致するところである。科学技術こそが我が国が今後も国際社会でリーダー国のひとつとして存在していくことのできる道なのである。このとき、科学技術の歴史をひもとけば明らかなように、科学技術の進展においては基礎科学と応用技術開発が車の両輪のように均等な協調的関係にあることは極めて重要な真実である。応用技術開発の進展は、およそ役に立たない基礎科学によって原動力を得ているものであり、役に立たない基礎科学がまれに社会に大いに役に立つわかりやすさを発揮する場合があることも重要な真実である。すなわち、実用を主眼にした応用技術開発を進展させるためには、役に立たない基礎科学にバランス良くしっかりと水をやりつづけるべきなのである。

だからといって、役に立たない科学に無理矢理に役に立つと実現可能性の乏しいアピールをさせたり、あるいは、生かさず殺さず雀の涙の基盤研究費を与えておくといった施策は、まことに愚かしい前政権の遺産である。一方で、役に立たない基礎研究に対して野放図に投資すべきではないことも正論である。そこで、目先の応用を要求しない基礎科学と、実用をめざす応用開発に対して、経費面からも社会インフラとしても50:50のサポートをすることが、国のかたちとして健全であり、今後の我が国のありかたをふまえた科学技術施策のあるべき姿であると提言する。このバランスがうまくとれている場合に豊かな技術成果がうまれていることは西欧諸国の現代史が示すとおりである。我が国の新政府として、西欧諸国の実状を参考に身の丈にあった科学技術の総額をまずは算出するとともに、そのなかみとしては基礎科学と応用開発に対して等しく配分するという方針を打ち出して、高い志と気概を以て来年度の予算編成に臨んでいただきたい。

以上の意見について、必要ならば追加説明を厭わない。

高浜洋介

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