フロア発言の効能  ーHP版ー

 

 特定領域研究の班会議をはじめとして、学会など研究集会という場を通して私を知る方々のなかには「よく質問するやつだなあ」といった印象をお持ちの方がいらっしゃるかも知れない。実際そういったコメントを直接いただいたこともある。それらの印象の真意は様々であろうが、少なくとも何らかのかたちで認知していただいているのだとすると、まずはありがたいことである。

 実は私はこれまで、少々煙たがられることをも覚悟して、あえて質問(フロア発言)の質と量の向上に努めてきた。「頭で考えているだけで口にしなければ考えていないのと同じ」とか「観察しただけで発表しなければ見つけていないのと同じ」とか、はたまた「発表や議論は良質のエンターテイメントでなければならない」などと先輩諸氏から鼓舞されてきたせいもあり、大学院生のころから私は、発表や質問を含めた議論とその技法の体得に少なからぬ興味と熱意を以て接してきたのである。

 その間、様々な議論を通して、良き友を得たことも多く、他のグループによる研究の進展に陰ながら寄与した経験もある。図らずも相手が感情的になる局面をも数々経てきた。技量の未熟さによる非礼の段は率直にお詫び申し上げるが、ともあれ私はフロアからの発言にはかなり積極的に意識して取り組んできたつもりであるし、今後もできるだけ改良を重ねて取り組んでいきたいと考えている。私にとってフロア発言とは、お喋り野郎の単なる軽率や目立ちたがりの突発的自己満足行為などでは決してなく、科学への積極性を表出する意図的行為であり、真摯に会議に臨む礼儀表現でもある。ここでは、学会や班会議におけるフロア発言の効能について、字数の許す限りいくつか思いつくままに挙げてみたい。科学研究の中での議論の意義に関する考察としてはごく一面を指摘するに留まるが、特定領域研究といったグループ研究の有用性や班会議の意義を考える一助になればと思う。

 

 まず言わずもがなのことであるが、フロアからの発言は、実験結果・解釈・結論など演者のポイントを明確に共有するためにたいへん有用である。たとえ発表内容と質問内容に少々の繰り返しが生じようとも、演者とは異なる視点や表現を以て内容を検証しようとし、その発表の勘所を十分に咀嚼しようとすることは、発表事項のより正確な理解を助ける。これは何も演者や質問者にとって有用なばかりではない。多くの場合、フロアからの質問事項は聴衆の多くに共有されており、会議全体にとっての当該領域に関する理解の前進に役立つ。班会議など純然たる学術目的の集会では、会議でのコンセンサスは科学そのものであり、その進展に寄与することはまぎれもない科学への貢献である。この観点から、フロアからの議論参加とは、ピアレヴュー誌のレフリーと同じように、無記名ではあっても科学の進展に直接関与する科学者の重要な使命といえる。

 またフロアからの発言は、会議全体によい議論の雰囲気をつくる。これは、とりわけ会議冒頭において顕著であり、議論の「切り込み隊長」的性質ともいえよう。リラックスした空気のなかで自由に議論に参加しようとする場の形成は学術会議にとって重要である。座長を経験した先生方はご理解いただけると思うが、会場からの「し~ん」という無応答が繰り返されるほど会議進行が精ないことはない。少々極論であるが、どんなにへんてこりんな質問でも、フロアからマイクに向かう人があることによって会議の雰囲気が和み、刺激的な議論を育む素地が提供されるのである。

 これと少々関連して、自分よりも目上の先生が少々とんちんかんな質問をされることは、リラックスした雰囲気を作るのに大きな役割を果たすことを特記しておきたい。「ふ~ん、あんな偉い先生でもアホな(大阪弁のアホは愛着の意を含む)質問することあるんやなあ」と心が和んだことも多い。こういった発言は後進に対して、会議に積極的に参加しようと思わせる呼び水としての機能を発揮する。すなわち、フロア発言をしようとするときその内容が重要なのはいうまでもないが、同時に、個々の内容の的確さの如何にかかわらずフロア発言の存在そのものが、良き議論の場を形成するのに役立つ側面を持つのである。

 また我々若輩者にとっては、フロアから発言しようと積極的な心構えで会議に臨むことは、会議運営者に対して示すことの出来る礼儀および感謝の表現でもあるし、とっさに回る頭と口と心臓を鍛える絶好の機会でもある。知力と技法と胆力の鍛錬はいずれも、科学者にとって楽しく且つ難しい研究発表の質向上を図るために大切な基礎となる。大きな会場でふるえる足とふるえる声を制御しつつ、より良質なフロア発言をしようとするのは、どんな人にとってもそんなに簡単ではないと思える。私自身も、自分の研究報告の技量を高め、より完成度の高い議論ができるようにと、不完全燃焼や自爆にめげることなく、これからもフロア発言での自己鍛錬を繰り返していきたい。自ら議論に加わることはほとんどない沈思熟考型のすぐれた科学者もいらっしゃるが、学術集会の大きな目的は議論である。小生のように「ちょっと胸腺が好きなだけ」という以外に大して取り柄のない者にとっては、せめて議論を活性化する努力くらいすべきと、今日も議論の素振り練習を繰り返している。

 

 なお今回はあえて深く立ち入らないが、フロア発言には多様な形態がある。様々な分類ができようが、基本は発表された内容に関する整理または確認であろう。このときフロア発言を通して、「問題解決のためにこのようにしてみては?」といった建設的提案ができればすばらしい。更に、提案された解釈や概念に批判を加え、より完成度の高いアイデアを構築して会場で共有できれば、議論の意義は全うされ、学術集会は科学的に成功である。

 学術集会では、部屋の外で繰り広げる議論も重要だし個人的な会話も楽しい。しかし、議論を公開しつつ会場全体でアイデアの構築を図ろうとする「フロア発言」は科学を育むすべであり、それゆえ班会議など科学の進展を指向する集会に参画するものとしては、ぜひ尊重したいものである。濃厚で刺激的な議論の応酬を伝統とする免疫学領域ではとりわけ、これまで以上により多くの方々が積極的に発言に参加されることを願う。そういった明確な意識で活発な議論を班会議で交わしていくことが、特定領域研究のようなグループ研究の意義のひとつであろうと考えるからである。

 

(特定領域研究「免疫シグナル伝達」ニューレターNo.3 のために November, 2000 高浜洋介)


ニュースのページに戻る