アズマの弟子  2010年8月 高浜洋介 (「生物甲陽」への寄稿より改変)

 このたび中学校同窓会より連絡があり、生物部誌が復刊されるとのこと、短文でよいので寄稿を求むとの依頼を頂いた。小生にとって中学校生物部といえば、なんといっても思い出されるのは東正雄先生のことである。その風貌もさることながら、中学生相手にマイマイの生殖器について蕩々と論じる先生に、わけもわからないながら深い尊敬を育んだものである。先生の著書「京阪神の動物」は度重なる引越しと震災を生き残って、今も本棚のまんなかに鎮座しているし、アズマミゾシワアリといった単語は、50歳になる頭の中にいまだ住みついている。
 当時、生物部員は揶揄混じりに「アズマの弟子」とよばれた。蛾を専門とした私も、同級のF君やK君と毎週のように能勢山にでかけ、採集に精を出した。蝶や大型甲虫などとちがって、蛾は圧倒的に多種類で新種発見の可能性すらあった。表面的にはあまり好かれていないけれどもよく見ると美しい、といった点も蛾の魅力である。あるとき自宅裏の中央卸売市場貨物専用線路で、稀種のキマダラコウモリをみつけた。そのことが、貨物列車による昆虫の移動といった考察とともに新聞に掲載されたことは良い思い出である。
 その後、大学は理学部に入り、卒業研究で出会った免疫学研究に心を奪われた。いまも大学で、好奇心に基づいた基礎免疫学研究にいそしんでおり、幸いなことにそれが天職と思っていられる幸福に恵まれている。自己と非自己を識別する機構を研究する免疫学のおもしろさは、安易な一般性や法則性を許さず個別性と多様性に心躍らせる「生物好き」のこころをふんだんに刺激する。「アズマの弟子」の面目躍如というべきであろう。事業仕分けなどといった錦の御旗を掲げて基礎研究を役立たず扱いする愚かな流行が、次世代の科学者を根絶して国を滅ぼしてしまう前に終息することを祈りつつ、高楊枝をくわえては好きな研究を進める毎日である。

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